夜の光景
クリ

一歩手前の、眠りに墜ちる一歩手前の、瞬間の持続です。
いつまでもピンボケの、近景と遠景と心象の混合物。
使い古しのモノクロームしか認識できない
桿状の細胞のせいなのでしょうか。
それとも「たそ-かれ」はいつもこのような
黄泉の国の粗いデジタルコピーなのでしょうか。
青みがかった黒はいかにしてあなたの過ごされなかった時刻を描くのでしょう。


今、目覚めているのはあなただけ。
宇宙は眠りに陥ちています。
弥勒さえも夢を見ています。
アララト山が闇に融けています。

あなたは子供だ。
あなたは理由もなく寂しい。
香を焚いたのはだれだったのだろう。
紫蘇の葉の裏の蟋蟀と、力ない蚊柱。
泥の色の凍りついた残り雪が作る
世界でいちばん小さいクレバス。
無音の夏の土曜日の午後
草いきれと太陽の匂い。
誕生日の朝と雪虫の光景。
海の向こうはロシア。

あなたはいつまでもそこにいる。
いつもここにいた。
邯鄲に シャングリ・ラに
ドリームタイムに ラグナロクに
世界樹の根元に ヴァルハラに
そして神威の髭の先に。

ライオンが寝ている。
淋しい山猫が空飛ぶ絨毯に乗って影絵の中を渡っていく。
あなたの寝台はサルガッソーの海を漂う小舟だけど
あなたはちっとも恐くない。
ただ寂しいだけだ。

まるでひとりぼっち。
ひとりぼっちだったと思い込む。
そうして困惑する。

ひとりぼっちは真実だったのです。
恋人とあなたは
どの時間も共有しなかった
今でさえ。
この夜さえ。
何故なら夜は
あなたの体内の臓器だからです。



                    Kuri, Kipple : 2000.04.09


未詩・独白 夜の光景 Copyright クリ 2004-02-19 03:03:10
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