僕たちは声を押し殺して手をつなぐ
たもつ



加瀬さんの実家にイチゴ狩りに行った
シーズンが過ぎると職場の同僚とその家族を呼び
完熟して出荷できなくなったイチゴを取らせてくれるのだ
妻も娘も毎年その行事を楽しみにしている
昨年も一昨年も大きな箱を持っていって
下の方のイチゴを駄目にしてしまった
今年は同じ轍を踏まないように
底の浅い箱をいくつか持っていくことにした

今年は天気が悪くて不作だった
加瀬さんのお母さんは言った
確かに今年食べたイチゴはあまり美味しくなかった
それでもやはりハウスで完熟したイチゴだ
加瀬さんの家のイチゴは今年もたいそう甘かった
底の浅い箱に行儀よく並べて摘んでいったのに
結局山積みにして
最後はもうわけがわからなくなっていた

広い農家の庭を同僚の子どもが走り回っている
一昨年身重だった奥さんの脚に幼い男の子がしがみついてる
あの時お腹にいた子ですね
声をかけると
人見知りが激しくて
雨上がりの蒸し暑さに額に汗を浮かべ奥さんは言った

帰り道スーパーを見つけお供え物を買った
小さなお菓子を二つ
妻はもう一つ買いたい、と言ったが
虫歯になるといけない、と言って諦めさせた
自分でも変なことを言った気がする
多分、何か面倒くさかったのだと思う
お花は良いのがなくて結局買わなかった

ガラスケースの中には沢山の金色の菩薩像が並んでいる
だいたいあのあたりにあるはず、という検討しかつかない
男の子だったら、女の子だったら
いろいろと名前を考えていたけれど
漢字二文字の戒名でしか呼ばれることのない子
僕らの子であり、そして弟もしくは妹になるはずだった子

むかし僕の書いた詩で妻を深く傷つけてしまったことがある
あなたはプロじゃないんだからプライベートを
切り売りしてまで書かなければいけないことなどあるのか
妻に泣きながら抗議された
そして今また僕はこんなことを書いてる
これを読んだらまた妻は傷ついてしまうんだろうな
不幸自慢がしたいのか
家族思いであると人に見せつけたいのか
あるいは整理できないこと、超えられないことを
自分なりに整理しようとしたり、超えようとしたりしているのか
多分そのあたりが適当に混ざり合っているんだろう
と、ごまかしている
虫歯になるといけない、という言葉でそうしたように

駄目になったイチゴで妻がジャムを作り始めた
甘い匂いが部屋を満たしている
娘は今になってようやく宿題にとりかかった
今日僕は帰りの車の中で小さな嘘をついた
そのことで誰も困らなかったし
かといって誰を幸せにするでもなかった
今夜も僕は妻の手を握りながら寝るはずだ
それは僕たちの距離
時々近かったり、遠かったりの






自由詩 僕たちは声を押し殺して手をつなぐ Copyright たもつ 2006-05-28 19:17:53
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