深呼吸して眠ればいいよ。
夕凪ここあ

外ではもう夜が始まっていました。

部屋の中に滑り込んで来た夜に
気づかないでいると昨日から抜け出せなくなるようで、私は
決まってひとりベッドに腰掛け
何色ともわからないカーテンを手繰り寄せます。

今日はとっくに終わってしまったよ

と窓の外から声が、
それは透明で淡い光を纏った月でした。

私の耳にはもう月以外の何かは聞こえません、
あなたの声も、私の言葉も、今はもう。

あぁ、あなたはもうここにはいないのですね

淡い光はそれはそれは温かで
まるであなたに抱かれているようなのです。

私は急にひとりきりが哀しくなって
胸の前でかたく、両手を握りあなたの名前を心で呼びました。

が、痛いくらいの静寂が返ってくるばかりで
肝心のあなたの姿は見えません、あぁ、もう夜だったのですね。

息が詰まりそうで窓を開けると
真っ直ぐにどこまでも迷いなどないほどに
透明な夜が広がっていました。

腕を、夜に伸ばすと
溶け込むことなどなく あの淡い光に包まれます。
腕の、傷跡が もう痛むことはありませんが
温かさに胸が締め付けられました。

もう、見たくもないものが見えてしまうくらい私は
大人になってしまったのですね、

窓の外で月が透明な輪郭を宿して私を見ています。


ねぇ、あなた、私あの月の裏側を見てみたかったのよ


あまりにも大きな夜の中に、あまりにも小さく開かれた窓から
体を乗り出すと震えが止まりませんでした。
私はちゃんと呼吸を、しているのですね。

ゆっくりと深呼吸をして
終わってしまった今日の匂いを懐かしんだ後
私は窓をそっと閉めました。

窓の外の月はとても綺麗でしたし、
それに私は
こんなに透明で純粋すぎるものに
一筋の傷跡も残したくはなかったのです。


自由詩 深呼吸して眠ればいいよ。 Copyright 夕凪ここあ 2006-05-28 02:59:23
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