静かの森の
夕凪ここあ

あの子は 静かの森に行ったきり
戻らない
あの子はまだ少女で汚れも知らない
あぁ、ただ戯れてただけ

静かの森は
少女を連れ去ったきり 呼びかけても返事さえない

呼びかけるなら
少女の名前 もう抜け殻とおんなじ
呼びかけるなら
呼吸してる名前 あたしの名のような



日曜の朝には
温かい林檎のパイを焼いて
午後にはママと湖のほとりに腰掛けて
吸い込まれそうな薄い緑の色をした
湖とおんなじ色をした 少女の瞳に宿る
おとぎとは似ても似つかない
深い底は冷たくて もう戻れない
静かの森

 あぁ、まだママは気づいてないわ。

少女の赤い唇
歌を るるる と口ずさむ

ママは少女の名前を呼ぶの
ママのあったかい温もりの通った名前と引き換えよ
だって湖は凍えそうで体が引き裂かれそうで、
日曜日にはパパもきっとお休みでしょう
きれいなちいさな白い花たちが
私たちを迎えてくれるわ
静かの森は もうすぐそこにあるわ


ねぇママ、私もうお母さんと呼べる年になったのよ

るるる
と口ずさむ歌が風になって
静かの森の方から
朝方 少女の家の扉を叩いて

湖のほとりで るるると唄う
静かの森は もうすぐよ、と


自由詩 静かの森の Copyright 夕凪ここあ 2006-05-20 19:27:42
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