焼き鳥屋 ー 岡部淳太郎 ・ 服部 剛 ー
はっとりごうと素敵な詩友達 〜連詩ぷろじぇくと〜
老舗の焼き鳥屋には気の強い妻と
やたらに人のよさそうな爺さんが目尻を下げて
火鉢の上に並ぶ焼き鳥を丹念にまわしている
妻は若く 爺さんは見たとおり年老いて見えるが
本当は逆で 爺さんが若く 妻の方が年老いていた
ふたりの年齢がひっくり返ったのはいつからだったろう
ふたりは夜毎焼かれる鳥の夢を見る
次の夜に見た夢の中で、妻が鏡をみつめていると
背後から 鳥の顔をした夫が足音も無く忍び寄り
その鳥の顔をした者は歌のような言葉をつぶやいた
その歌は50年前にふたりで初めて見た映画の
あの場面で流れていた歌に似ていた
眼が覚めて 時が半回転しての夕刻
ふたりは再び店の中で鳥の肉を焼いている
「がらら」店の戸が開くと
初めてふたりで映画を見た後の
「50年前のふたり」が入ってきた
ふたりの背中には
うっすらと白いゆげのような羽根がはばたいていた
ふたりは彼等をもてなし
彼等も50年前の笑顔のままで ふたりに話しかけた
爺さんは
「 あいにく今夜は鳥肉を切らしちゃってねぇ…
ブタバラかレバーかつくねしかないんだよ… 」
50年前の彼等は変らぬ笑顔でその言葉をやり過ごし
その笑顔のまま 自らの身体に火を放った
炎の中でふたりは黒い身をよじらせ
爺さんは何事も無い表情で
火鉢の上に2本のつくねを丹念にまわしはじめた
自らの過去を葬る手段の激しさ
その中で爺さんと妻のふたりの年齢は
等しく釣り合っていった
爺さんが焼く2本のつくねに
若いふたりの顔が浮かんできた…
その時 店内のテレビの箱の中から一瞬
笛の音が聞こえてきた 思わず妻は顔をあげ
「 あら…あなた…あの映画 」
50年前にふたりではじめて見た映画
その思い出の中にふたりはたたずみ
ふたり以外誰もいない店内で微笑んだ
テレビ画面の中には暗闇に男が一人
ほの白く光る手紙を持っている
その手紙は50年前のふたりから届いた手紙だが
もうふたりには読むことが出来ない
焼き鳥屋の店内で燃え盛る炎の中
ふたりの黒影は
果てなくよじれあいながらひとりとなってゆく…
2本のつくねに映る顔には見てみぬふりの爺さんは
焼きあがった2本を皿に乗せて妻に手渡す
( テレビ画面の中では
鏡をみつめる妻の背後で鳥の顔を乗せた爺さんが
言葉にならぬ鳴き声を繰り返す… )
思い出も 見えない明日も もう既に意味を成さない
ふたりは炎のような笑顔の中で
それぞれの比翼の鳥として生まれ変わる
鳥の顔をした爺さんは
鏡を見つめる妻の老いた首筋に嘴を入れると
するりと体ごとすべりこみ肌に溶け込み
もがく片翼を羽ばたかせ妻の中を泳ぐと
やがて長い闇の向こうに
真っ青に澄んだ空らしきものが見えてきた…
何もかも筒抜けの青空
その虚飾の中にふたりは羽ばたいてゆく
あとに残るのは すべての時を焼きつくした小さな店
あの焼き鳥屋の崩れそうな姿だけだった