手紙 ー ルナク ・ 服部 剛 ー
はっとりごうと素敵な詩友達 〜連詩ぷろじぇくと〜
風の声が聴きたかった
新緑の並木道の向こうでは、
アスファルトに杖を落とした老人が蹲っていた
僕は見ていたに違いない、
何故彼がそうしていたのか一部始終を
老人は色褪せた一枚の手紙を、
血管の浮かぶ細い手に握り締めていた
それが彼の生きている証であり生きてゆく標なんだと
僕にはちゃんと分かっていた
僕は歩いてゆく
胸の内にあふれ始めた潮騒の音を抑えながら
うずくまる老人の後ろ姿の方へ
たしかに近づいているのだが
同時にはるか彼方へと遠ざかる感覚
5月の風に唄う木々の葉の中で
近づくにつれて老人の背中は薄れゆき
気がつくと僕は無人の白い浜辺に立っていた
風
海をわたる風がまた頬を打って
僕はまた今の僕に還る
明日の記憶を懐に仕舞いこんで
凪いだ海の上に広がる青空を見上げると
一枚の手紙が舞っていた
手紙
もちろん僕は知っている
誰が書いたものかも
そして誰が書かなかったものかも
投げ棄てた標は
遠き日の夢の過日に今もあり
いつまでも手の届かぬ場所に舞っている
あの手紙のように
いつのまに
僕の顎から伸びていた白髪の髭を
浜辺の風が揺らす
瞳を閉じる
細い足が砂の上に崩れる
潮騒の音が老人の夢を包む
無人の白い浜辺には
真っ青な空を仰ぎ
安らかな寝顔で横たわる
白髪の老人