四月のいる場所
岡部淳太郎

のこされた風の中
四月がやって来る
この思いをのこしたままで
新しい輪に入らなければならない
記憶を背後の倉庫に閉じこめて
残酷な月が始まる
すべての匂いや音や色が
われわれを呼吸困難にする
四月は
笑いながら人を生き埋めにする

のこされた食事を台所に捨てて
われわれは暖かな日へと備える
この思いをのこしたままで
古い尻尾を踏みながら進む
陰惨な月は和らいだ闇の片隅で
ぼんやりとその輪郭を失う
誰もが暖かくなっているから
誰もがほんの少しだけ世界の不運を忘れる
四月は
歌いながら人を浮き上がらせる

この季節に花が咲き
鳥が歌い獣の欲望が疼くのも
どうせあと半回転もすればみんな忘れてしまう
だがいまは四月
鈍重な眼は春雨に洗われ
鈍感な舌は日の味を噛み
われわれはどこの場所から来たのかさえも
思い出すことが出来ない
そしてのこされる
四月に乗り遅れたあらゆる息
あらゆる乾いた土

われわれはそれぞれに暖かい
それぞれに なま 暖かい
四月の
優しい残忍さのもとで
新しい警笛が鳴る
花の庭の門番は新しい顔を知らないから
君に対して誰何するだろう
君は答える
遠い季節から
四月のいる場所へやってきたのだと



(二〇〇五年四月)


自由詩 四月のいる場所 Copyright 岡部淳太郎 2006-04-11 23:14:21
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