無言の声援 〜同僚のMさんに〜
服部 剛
音楽好きな老人ホームの所長と
週に1回演奏してくれるピアノの先生と
介護職員の僕と
レストランで夕食を共にした帰り道
最寄の駅に先生を車から降ろした後
夜の空いた国道を走りながら
助手席の僕は最近気になっていることを
所長に告げた
「 同僚の M さんが元気ないんですよ・・・
去年の夏長年付き合ってた彼と別れてから
胸にぽっかり穴が空いてしまったようで
毎日瞳は虚ろ
仕事でも周りの皆と食い違い
心を頑なに閉ざしています 」
自宅に近い駅で
所長の車から降りた僕は
夜の道路を去ってゆく車を見送った後
駐輪場に入る
僕の帰りを待っていた自転車は
隣で倒れた自転車に寄りかかられ
傾きながらも踏み止まるように立っていた
力の抜けた自転車のサドルに手を置くと
やけに冷たかった
ハンドルを握り
しっかりと立て直す
( 大丈夫、君は立てるんだ
( お年寄りと僕等の過ごす日常に、素朴な天国を創りたいんだ
( 誰一人、今のスタッフから欠けちゃいけないんだ
なだらかな夜の坂道を自転車で下りながら
数日前「私、もう辞めようかしら・・・」と言っていた
M さんの声が耳の奥に蘇る
( 独りきりの君の傍らで僕は
( ゆっくりと自分らしさを取り戻すまで
( 明日も無言の声援を贈り続ける