雨(1986.8・4)
木立 悟





こうやって部屋のなかから窓の外を見ていると、雨の中でしか生きられないけものになってしまったような気がする。穴ぐらのなかで、ひたすら雨を待つ。エサはあるのだが、自分のツメで獲物を引き裂き、まだあたたかい肉を喰らう、あの充実感が無いのだ。からだがなまり、動きが鈍くなっていくのがわかる。空はどんどん曇っていくが、雨はまったく降らない。遠くの、ずっと遠くの様々な音が次々と耳に飛び込んでくる。そのなかには自分に捕らえられる獲物の声があり、自分を捕らえようとする生きものの息がある。雨はまだ降らない。風のなかにしたたりの卵が見えるのに何故だ。音と流れのなかを私は歩きたい。穴ぐらに生えたコケをむさぼる日々を終わらせたい。雨を待っている。鳥たちが騒ぐ。何かの気配が脇腹にしみこんでくる。まぶたを除いたからだのすべてが重い。からだはひんやりとしている。何もかもが流れ込んでくる。自分とは別の、今まで感じたこともない自分自身が、「自分」の奥へ奥へと縮まっていくような感覚。雨を見ることができないのなら、雨を聴くことができないのなら、せめて雲と一体になりたい。
雨を待っている。










自由詩 雨(1986.8・4) Copyright 木立 悟 2006-03-02 17:54:37
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「吐晶」より