汚れた背中
佐野権太

手が
どうしようもなく震えてしまうので
病院へ行った
先生は左耳で一通り話を聞いたあと
(背中が汚れていますね
と、わかりきったことを言う

一列に並んで
背中を洗っていた僕の後ろには
気がつけば誰もいなかったから
鏡に映してみなくても
それくらいのことは
わかるのだ

本当は輪になればいいのに
先頭は遠すぎて見えやしない
きっとご満悦な顔で
白いナプキンをつけて
キツネ色した鳥の丸焼きでも
食べているのだ

戻れば
また最後尾に座ることになる
前に並ぶ人たちは
(薬があれば、もう大丈夫ね
って、優しい声色で言うだろう


毛づやのいいコートを羽織った黒猫が
柔らかい足取りで路地を横切る
いつも背中を洗ってもらえるのだろう
振り向きもしない

空を仰げば表情のない厚い雲
冷たく、白い太陽
心臓がおかしなリズムを刻む
また少し不安になった

もらったばかりの袋を取り出して
米粒ほどの頼りない錠剤を
ガリガリ噛み砕くと
たいして苦みのない
薄情な味がした


自由詩 汚れた背中 Copyright 佐野権太 2006-02-24 14:51:07
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