冬のひかり
前田ふむふむ



朝は最初のひとりが前足を躓くと、慌ただしく、将棋倒しになって過ぎてゆく。落下してゆく。黒子だった冬が前面に出て罵声を上げて、季節の華やかな色を、乱暴に剥がしている。
冬の膨張は、僕の忘却の山々が隠している、封印した季節の傷の痛みを飲み込んだ、永遠に水平線の無い海の記憶を呼び覚ますだろう。――
無慈悲な冬は両手で季節の雌羊のすべての毛を毟り取り、処刑場の広場に吊るして仕舞えば、荒々しいどよめきを風に乗せて、白紙を曳航した知らない春を、恫喝して運んでくる。
 引きずり出して連れてくる。
 春を ―――目覚めさせるだろう。

冬の胞子を振り撒いた、凍りつく風を遮断している窓硝子を、淡い太陽が溶けて、波打つカーテンの中の白樺林が、白い粒子を吹きだして萌えている。――萌えだしている白樺林を飲み込んで、乾いた青い空は薄いひかりを従えて、馴染ませて、溢れ出させて、窓の中に強引に押し寄せてから、僕を無愛想に覆いつくす。

多元論の揺篭が置いてある、閉ざされた空間のまどろみの中で、淡いひかりの青い空を浴びながら、朦朧とした空気を味わい、僕は病んでいる四重、五重に結んだ頑丈な縄を、少しずつ解いてゆく。

剥落している血管、墜落している鼓動の中で温めてある寂しい心臓は、夏の祝祭を無造作に否定した、冬の波動の毒を飲み込んで、高熱を孕んでいる。冬の貧しいひかりの吐息は、アスピリン錠剤の齎す安らぎを与えてくれるだろうか。季節がつくる悲しい情景の呻き声を打ち消して、こころの裂けている傷口を、包帯で塞いで、薄汚れた血の中に滲みこんでいる、知性の袋小路を正してくれるだろうか。

深く眼を瞑れば、島々はすでに海原に沈んでしまっている。霊力の及ばぬ動脈から膜を剥いだ血液を肌に塗りつければ、途切れた糸杉の風景が眩しく映る。

暗い戦慄の声を知らずに、分かろうとせずに、幾度となく短絡的に自分を棄てることが許されてきたこの渇いた時代の僕のこころと、僕に紐で結びつけた時間を束ねている、褐色の月を覗きながら、冬のひかりは、僕の弱々しい心臓を、液状の大地に変えて、季節のうら悲しい言葉を束ねて、悩ましく語り、寂しい顔を沈痛な声を震わせて、ゆっくりと匿名の時間を歩いている。



自由詩 冬のひかり Copyright 前田ふむふむ 2006-02-07 09:20:05
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