知らないことを知っている
ベンジャミン

塾の講師なんて仕事をしていると
子供の心に触れてしまうことがある

前に受け持っていた女子生徒が
授業中に突然飛び出して
二階のベランダから飛び降りようとした

「死んでやるー!」と何度も叫びながら
手摺から身を乗り出していた
泣きながら

僕の仕事は知っていることを教えることだけど
その子は知らなくてもいいことまで
知っているのだと思った

学校で習うようなことなら
僕にだって教えられる
だけど今この子に必要なのは
そんな知識ではないのだ

背中から
その子を抱きしめて必至に
「大丈夫だから」と何度も繰り返した
何が大丈夫なのか自分でもわからなかったけれど
もしかしたら自分自身に
言っていたのかもしれないけれど

落ち着いたら
その子はすっかり黙ってしまって
何があったのかなんて聞けるはずもなく
見つめ続けることにも罪を感じて

しかたなく見上げた空には
星が光っていた

「どうして星は光っているんだろうね」

ベランダの手摺に並んでもたれながら
その子は

「見つけてもらいたいからだよ」と
呟いたあと

「先生はどうして先生をしているの?」と
いきなり聞かれた僕は思わず

「見つけるためだよ」と
答えた

知らないことが多いから
見つけるために教えてる

そんなつもりでいたことなんてなかった
けれど確かにその日
僕が知らないことを知っている

その子から
僕はそんなことを教わった

       


自由詩 知らないことを知っている Copyright ベンジャミン 2006-02-06 11:51:45
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