私が生まれる前に
服部 剛

私が生まれるより前に
戦地に赴き病んで帰って来て間もなく
若い妻と二人の子供を残して世を去った
祖父の無念の想いがあった
 
私が生まれるより前に
借家の外に浮かぶ月を見上げて
寝息を立てる子供達を女手一つで育てる為に着物を売った
若き日の祖母が切なる祈りを捧げた夜があった 

私が小学生の頃
嫁・姑の確執で家を出たいと願いながらも
二人の子供の寝顔を見ては
じっと耐え続ける母の姿があった

私が中学生の頃
会社が倒産し、この世の荒波に呑まれても
妻と二人の子供を守る為
必至に泳ぎ続けた父の姿があった 

私がこの世に生まれた日
窓から朝日の射す病室で
ベッドで横たわる母に抱かれた傍らから覗き込む
幼い姉の歓びに躍る天使のまなざしがあった 

私がこの世に生まれた日     
視界では見わたせない青空から
両手に溢れるほどそそがれていた 
目には見えない光

私が生まれるより前に
無数の人生の物語があり
どれほどの幸福と悲劇があったのか

私はひとすじの道を歩む
「大いなる過去」から
吹いて来る風に背中を押されながら

空から舞い降りてきた一通の手紙をふところに入れて
寂しさを心に宿す「もう一人の私」を
人生という夢の旅路に探して 








自由詩 私が生まれる前に Copyright 服部 剛 2006-02-01 03:07:17
notebook Home 戻る