月に狂う
角田寿星


 1

月に憑かれたピエロが
ぼくにずっとささやきかけていた
ぼくは我にかえった どうして
こんな遠くまで来てしまったのだろう


 2

満月に
子供のオバケがひとり
さめざめと泣いている
ススキもガマの穂も蛙もゆれる影も夜のやさしさも


 3

月の光が電気泳動され
堪えきれずにこぼれ落ちた雫が
湖に
並木道に
人々の眠れる野獣に
拡散する

暴力的な時代が
はじまっていたのだ ずっと前から


 4

Gマイナー、Cメジャー、
Aマイナー、Tメジャー。
あらかじめ配置され照らされることばたち、
葉擦れの百蛾がふわっと舞い上がる、
月はあかあかと、
すべては記憶にない清流の出来事で、
みずからの名を連呼しながら
花は次から次へ咲きみだれ、
夜、地球の影、
月に映る、地球の影、
月に映る、ぼくらの影、
往復する巨大な書簡、
ささやきつづけるふたつの、
Gマイナー、Cメジャー、
Aマイナー、Uメジャー。


 5

人類は敗れた
地表を
街を森を覆いつくす月光の海

人類はハンマーを捨てる
人類は牙を捨てる
斜めによぎる暗赤の直線
ただようピエロたちの翳
人類は素直に月に狂う


 6

一点の墨汁となった
ぼくを発見した



自由詩 月に狂う Copyright 角田寿星 2006-01-30 23:03:12
notebook Home 戻る