東京
落合朱美
東京は
私たちの隠れ家だった
誰も私たちを知る人などない街で
なにもかもを忘れたふりをして
ただのオトコとオンナになるための
狭くて大きな隠れ家だった
東京タワーも水族館も
私たちは知らなくて
ただふたりで居るために選んだ街
ふつうの恋人みたいに手をつないで
歩道橋でじゃれあったり
商店街で夫婦みたいに
買いもしない大型テレビを物色したり
不機嫌なウエイトレスのいる喫茶店では
叶うはずのない「もしも」の話を
思いつくかぎり並べたてた
ふたりの「もしも」はあぶくになって
都会の雑踏の中で
空へ昇って
やがて 消えた
東京は
いつしか私の知らない街になった
六本木という洒落たシティに
ヒルズ族とかいう若者が
大きな野望を抱いて集う
そんなことはテレビで知った
彼らの野望は巨大なバルーン
都会の雑踏の中で
空へ昇って
やがて 破裂
彼らの野望と私たちの「もしも」
大きくてもささやかでも
はじけたあとは夢の亡骸
どんな違いがあるというのだろう
きっとおんなじ虚ろな目をして
東京の空を漂っている
東京は黙ってそれらを飲み込んで
膨れ上がった胃袋をさすりながら
ほんとうは優しい瞳をそっと閉じて
たぬき寝入りを決めこんでいる