八月のバラッド
狸亭

めぐりきた敗戦後五十年目の夏の日々
ひとびとの思い出がいっせいにふきだす
メデイヤにあふれいきつづける酸鼻
あれもこれもみな生の意味を問いかえす
太陽はたなびく雲をとおして下界をこがす
くりかえされる涙のように汗がながれる
湘南病院のベッドで三男坊をだきおこす
硝煙うずまく硫黄島の壕に兵士がみまかる

あついあつい日きみはひっこしの準備
多磨霊園の父母と弟のねむる墓石を覆いつくす
夏草の繁茂の中でぼくの体躯からだは熱をおび
虫たちの声にまじる死者の声を聴き澄ます
夜空にあがる花火のかがやくパフォーマンス
くだりつづけるしかない奈落へのプロセス
だらしなく寝そべって無為と怠惰に萎える

熱病のように蔓延する八月十五日の迎え火
おおぜいのひとびとがお互いにかわす
似たような挨拶の渦がきえるともう送り火
この二十八日には村松武司の三回忌がきます
名古屋から横浜から来ていた息子たちも帰ってゆきます
吉野令子の詩集『秋分線』がとどき文体にゆれる
はげしくあやしいくろい波間にみせられていきます
球児たちも画面からきえ蝉の声たかまるミゼラーブル

中国の核実験がありフランスまた狂気のマルセイエーズ
『エッフェル塔試論』松浦寿輝の華麗なエクリチュール
石から鉄へ 鉄から空気へ 空気から不在への系図
わが狸亭までとうとうエアコン侵略まさに世紀末的繁栄カリカチュール



自由詩 八月のバラッド Copyright 狸亭 2004-01-27 09:26:31
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