眉尻
石畑由紀子


瀕死の人間の魂が電波を操れるわけはなく
だからあの明け方に二度鳴ったベルはあなたのおじいちゃんの仕業ではなく
単に誰かの間違い電話だったのだよ、 と言われ
冷静な私はそれを十分わかっているのだけれど
六番目の感覚を信じる私がそれを許さない


いいお天気の日に生まれた人は死ぬ時もいいお天気なんですって、 と
皺だらけのあたたかい両手を持つ猫背の老婆に肩を抱かれ
冷静な私はそれを気休めだと知っているのだけれど
どんな迷信にもすがりたい私がその言葉に頷いていた



抜けるような青空に煙が吸い込まれ消えてゆくのをずっと見ていた



肉体は魂を見送ったのちにその役目を果たして荼毘に附し
家は家人を失ったのちにその使命を終え解体の憂き目に遭う
箱の中身はなんですか
もはやそれをじいちゃんとは呼べぬ
この燃え残りはなんですか
かつてヒトと呼ばれていた らしきもの
箱の中身は なんですか
中身の持ち主は今 どこに


私の母と妹と
伯母と叔父と従兄弟とその子供達
そして
私の中に棲んでいます
どこにもいないけれどここにいるのです
私達の眉尻が少し薄いのは紛れもなくじいちゃんの仕業
今頃 皆の細胞の中で舌を出して笑っていることでしょう



自由詩 眉尻 Copyright 石畑由紀子 2004-01-26 01:00:28
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