(幾つもの)ある午後
石畑由紀子
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忘れていたことすら忘れていたのに
嗚呼、忘れていたことを思いだしてしまった
思いだしてしまったことをいつかまた忘れられるだろうか
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花の絵を描いていた。
ら、
絵 よりも
パレット のほうが
綺麗な色彩になっていて
ほおづえしながら なんとなく見とれて
ちょっと すねた。
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「夜遊びを昼間のうちに済ませてしまったクリムトは
未だ恍惚境の余韻に浸るモデルの股間を前に
今度こそきちんと仕事にとりかかる
デッサンは洞察力と勢いが命だから、と
モデルのしどけない眼差しが正気に返る前に一枚描き上げて
三時のお茶の時間がくるまでに
今一度 その豊満なクッションの中に潜り込んでゆく
最愛なるエミーリエに次はどんな服をデザインしてやろうか、なんて
考えながら」
あの頃のあの人に出会えた白昼夢
恋人に肩を噛まれて我に返る
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三等身の影を連れた道の途中で
犬の散歩の老人とすれ違う。
犬がいることで成立する
見知らぬ人との無言の微笑み合い。
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ケサランパサランはフワフワと舞うばかり。私の手のひらを巧みにかわす。まるで言葉のように、さも愉しそうに。
(そうやっていつまでも裏切られていたい気がする)
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夜も昼も知っている月が
あなたのように笑う。
私は安心してその下で笑う。
自転車に乗って緑の風になる午後。