真冬に百合、白ければいいのに。
佐々宝砂

博士。あなたがあちらに行って何年になるのでしょう、
数えてもしかたないけれど。

あれから、人間は全く進歩しておりませんが、
技術は立派に進歩しております。
治るようになった病がたくさんあります。
昨日できなかったことが今日はできるようになってゆきます。
そうした日々です。ええ、いくらかは進歩しています。
思想も哲学も、いくらかは。おそらく。

博士に百合を送ります、花屋で買いました。
赤い百合です。アマリリスとかいうらしいです。
私は白い百合がよかった。
単なる白い百合。真夏の野山に咲く、野生の百合。
博士のもとに届くのは、本当はそういう百合でしょう。

私は息を吸いこみ、吐き出します。ゆっくり。ゆっくり。
ヨガの行者のように、ゆっくり。ゆっくり。
私の心臓はゆっくりと打ちます。
でも、あなたほどにゆっくりではないのです。
敬愛する博士。

私は甘えることができません、
私は傷ついたとも言うべきでありません、
私を継ぐ人がいないと、
私には先生がいなかったと、
私は言うべきではありません、
ええ、
あなたのことを思えば。

明け方の空にもう初夏の星が見えるかと
窓を開けましたが曇りのようです。

それでも星は空の向こうにある、
あちらにある、
いつも、
いつでも、

真冬の百合が窓辺に揺れます。
白ければいいのに。


自由詩 真冬に百合、白ければいいのに。 Copyright 佐々宝砂 2004-01-24 05:10:22
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