熱海
石畑由紀子

熱海といわれても
有名な温泉地という以外
実はなにも知らないのだった
このお題、絶対残るよなと思いつつ   (※)
毎週書きつぶしていったけれどやはり残りつつあって
途方にくれながら飛行機で東京入りし
恋人の家へ向かう途中
横浜で乗り継いだ電車が熱海行きだった

座席の両脇と前を他人に囲まれながら熱海を想像する

都会の電車ってのはいつもこうごみごみしてるんだな
まるで芋洗いじゃないか
熱海の温泉で芋洗い状態の入浴を想像する
肩が触れ合ってもじっと耐えているのだ
だけどこの湿度は普通じゃないよ
首まで浸かってじっとり汗をかいているのを想像する
私の前で吊り革につかまっている男が私の胸部を凝視している
谷間を見下ろそうとするなんて失敬な、貧乳だけど許せない
あがるのを我慢して女の裸身を拝もうとする男を想像する
熱海には混浴があるんだろうか

周りに神経を尖らすのはやめよう
熱海に温泉が湧いた由来を想像する
熱海というくらいだからきっと元は海だったのだ
ある日突然伊豆半島のつけ根でマグマの小爆発が起こって、いや違うな
懲役にとられた恋人を疎開先で待って待って待ち続けて
帰らぬ人となったことを電報で知り流した熱い涙が
やがて女も死んで埋葬されたあとも涙腺は枯れずに湧き続けているのだ
亡くした恋人の魂を癒そうと、けれど結局
全国からドカドカとやってくる者たちをその酬われない涙で癒すはめになるのだ
やれ神経痛だの関節痛だの五十肩だのうちみだの
疲労回復だのストレス発散だの家族サービスだの不倫旅行だの

嗚呼、泣けてきた

平塚駅に着くころにはすっかり湯あたりしてしまって
見知らぬ何人かと一緒に浴場を逃れ降りたつと
恋人が改札口で満面の笑みで待っていてくれたから
私は一気にじゅんと溢れてしまい
あたり一面は熱い海と化した








 * * * * * * *

(※ 本文四行目部分
  『文字書きさんに100のお題』no.057を参照のこと
   http://signf.ave2.jp/100tex/frame_ss.htm )


自由詩 熱海 Copyright 石畑由紀子 2004-01-23 00:44:42
notebook Home 戻る