生死
葉leaf

――切り立ってごらんなさい。つまさきで。手の先を。あなたの手のひらには死の網が浮き出ている、巻雲の申し子だ、耳の中で変色する早苗の葉音を頼りに、内園からつなぎとめておくのです。私はおさない被告人、砕けて水となる密林、郭門をくぐってあなたのもとを去ろうとする一縷の真実、醜花の散り残した香りを糧として、結ばれてゆく焔のきっさきに居地をもとめて。
――空から金属があふれてくる、俺の手は輪郭となり内側が消える、息を吐くごとにからだは軽くなりうすく延びてゆく、焦点だけを残して。嘘が時雨のような音を立てる、俺は音の矢だ、アザミにさえ歪まれる、だが俺はお前の名を知らない、お前を包んでいるその名前を。朝霧に注ぎ込む黒光のように、俺はお前の心音を侵したい、だが俺の死はすでに山をつらぬいている、夜毎に彩度を増してゆくこの網目はすでに死の水音。
――私はかつて死んでいた、空を裂きながら死んでいた、セキレイたちの声がいくつも私の肺ではぜた、水色の柱となり私の骨をささえた、今でもかすかに死んでいます、手袋を包む手袋のように。私の鼓膜が海を湛えているのはそのせいです、でもあなたは時間のように生い茂っている、時間のように朽ちるしかないのです、せめて切り立ちなさい、頭も腕も、ひとつの黙示された円錐へと。私はたえず名づけられている、たえず展開されている、しかしすべては偽名、転々と光路に反射されてはしめやかに滅裂してゆくのです。
――すべてのものへと収束してゆくその火焔状のまなざしに、俺の眼窩はみたされつつある、俺は待っていた、薄闇に火の粉を散らすシダのように、俺のかなしみと符合する蝶のような幻像を。それはお前だった、お前の痙攣する下肢だった、切り立つのはうつしびとの、この部屋へと貫入してくるどぎつい生命線だけでいい、ああ、だが涙が闇のようにほとばしるこの時刻。狂奔する電影。つまさきへとはうつくしい白煙が呼び込まれ。
――ああ、もう手遅れです、あなたはもう切り立つことすらできない、その白煙はあなたとあなたが生んだ世界とを雨に変えてしまう。無に祈るのです、コケのように、意識の淵々からいきりたつことばをていねいに押しつぶして。私はあなたと符合しない、誰も私を打ち消すことはできない、水の旅路が刻まれたその寝台だけが、あなたと符合して、終わることのない産声をあげています。
――大地は月へと小さな祈りを祈る、それが引力の本質だ、俺は人間へと大きな祈りを祈る、それが遁世の本質だ、無は俺の内にも外にもあるので、俺にはもう祈ることができない。蝋の溶ける音が燃えている、蝋に溶ける音は冷えている、蝋燭はおのれが輝いていることを知らないのだ。白煙はもう俺の胸にまで届いた、涙はさまよいさかのぼり。俺はお前に符合してみせる、雨となり、お前の心をめぐってみせよう、ああ、この石眼!
――ああ、ついに逝ってしまった、彼の家は消え、彼の愛した人も消え、ただただ春雨が降りしきる。私の血はまた赤くなる、私はまた獣になる、次の降誕のときまで、しばし精霊を殺しましょう。



自由詩 生死 Copyright 葉leaf 2005-12-28 10:58:08
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