「 たまご。 」
PULL.
「あなたはね。
卵から生まれたの。
それはそれは痛くって、
とっても大変だったのよ。」
それが母の口癖だった。
嬉しいことがあったときも、
悲しいことがあったときも、
大喧嘩をしたときも、
仲直りをするときも、
母はそう言って、
さめざめと泣くのだ。
色々と特別なことが多い、
我が一族でも。
卵で生まれる者は、
ごくまれらしい。
長老が云うには。
数百年にひとり、
生まれるか生まれないか、
なのだそうだ。
だから、
わたしが生まれる際には、
一族中が大騒ぎだった。
聞いたこともない、
遠い親戚連中までもが、
こぞってうちに押しかけ、
てんやわんやの大騒ぎになり。
挙げ句の果てには、
その対応に追われた父が、
心労で体調を崩し、
半年も入院してしまった。
「あの時、
お父さんはね。
本当に大変だったんだよ。」
胃を押さえ、
恨めしそうにわたしを見る。
父の潤んだ目が、
いまだに忘れられない。
そんな大騒ぎをした末に、
ようやく生まれ、
孵化したわたしだが。
ほどなく、
なんの変哲もない、
ただの赤子だと判明し。
一族の者たちは酷く落胆した。
彼らは特別な期待を寄せていたのだ。
なにせ、
まことしやかに、
一族に伝わる伝説の通りだと。
孵化したわたしは。
角が生えていたり、
翼が生えていたり、
目から光線が出たり、
口から火を噴いたり、
しているはずだったのだ。
ほとぼりが冷めるまでの、
しばらくの間。
わたしの家族は、
隠遁生活を送らねばならなかった。
孵化したばかりで、
まだ幼かったわたしは、
その頃の苦労をなにも知らない。
物心が付いた頃。
不思議そうにわたしを見る、
ご近所さんたちの視線を、
朧気に記憶しているぐらいだ。
本音を言うと。
卵から生まれたと云われても、
実感という奴が、
いまいち湧かないのだ。
確かな物的証拠である、
わたしの殻は。
孵化してすぐに、
わたしが食べてしまったので、
もう残っていない。
孵化する瞬間を父が撮った。
古いピンぼけ写真だけが、
今も残る確かな証拠だ。
でもそれは、
わたしの記憶じゃない。
本当のところは、
どうなのか。
考えると、
いつも不安になる。
わたしは本当に、
卵から生まれたのだろうか?。
そう、
もしかしたら、
わたしは、
どこかから、
あの竹取姫みたいに、
くるまって、
卵の様にくるまって、
棺の中で眠っていると。
わたし、
そうなのかもしれない。
なんて感じたりするのに。
母のあの口癖が、
頭の中に響く。
「あなたはね。
卵から生まれたの。
それはそれは痛くって、
とっても大変だったのよ。
あの卵の殻を割って、
あなたの顔が見えたときね。
お母さん。
嬉しくて涙が出たんだから。
お父さんなんて、
おいおい泣いちゃって、
せっかくの写真を、
ピンぼけにしちゃったのよ。
覚えておいて欲しいの。
お母さんも、
お父さんも、
お兄ちゃんも、
みんなみんなみんな。
あなたのことが大好きよ。
約束よ。
これだけは、
なにがあっても忘れないで。」
寝覚めの頭で、
想い出に浸っていると。
ちょうどいい具合に、
お腹がへった。
うん。
そうだね。
少し早いけれど、
ご飯にしよう。
えっと、
冷蔵庫には、
なにが残っていたっけ?。
追伸。
プレーンオムレツを食べながら、
ふと思った。
これは共喰いなのだろうか?。