「 皮を脱ぐ。 」
PULL.
隣の白蛇が、
皮を脱ぐ。
彼は失恋すると、
いつも絶食して、
いつも脱皮する。
センチメンタルなのだ。
脱皮する少し前から、
蛇の目は白濁しはじめる。
詳しいことは分からないけれど、
蛇族は瞼を持たないからなのだと、
出会ってすぐの頃、
教えてくれた。
彼は白蛇だから、
白濁の濃い日などは、
その白い鱗と相俟って、
何処が目なのか分からなくなる。
この間、
蛇は目が見えないので、
わたしはいつも悪戯を仕掛けて、
彼をからかってやることにしている。
やがて、
白濁は澄み。
赤い目に戻る。
脱皮が近い。
彼は時々、
好い抜け殻を、
わたしにくれる。
蛇の皮は、
金運を呼ぶらしい。
だけど、
わたしに金運が向いてくれたことなど、
一度もない。
脱皮したての彼は、
とても美しい。
他の蛇がどうなのかは、
知らないし、
知りたくもない。
けれど、
脱皮したての彼は、
とても美しいのだ。
いつもよりも白い鱗から、
ほんのり透けて見える、
赤い血管。
あの喉を想う度、
わたしは激しい衝動に駆られる。
噛み付きたい。
激しく噛み付いて、
あの喉を食い千切り、
永遠の血の契りを交わしたい。
淫らなまでの情を込め、
あの喉を想う。
はじまった。
隣の部屋で声がした。
白蛇は哭くのだ。
きりきりと、
身を捩り。
己の皮から、
抜け出ながら、
天鵞絨の声で、
白蛇は哭くのだ。
キッチンの冷蔵庫から、
ワインを出して、
開けた。
それは赤い。
彼の目のよりも、
彼の血管よりも、
硝子の中のそれは、
なお赫い。
なのに、
また声がした。
彼がすべてを脱ぎ終わり、
いつもみたいに姿を現した時。
わたしはいつもの、
わたしでいられるだろうか?。
硝子の向こうで、
いくつものわたしが、
いつもの顔で、
こちらを見ている。
この夜は長くなりそうだ。