白い花に囲まれた寝顔 〜 K 婆ちゃんに捧ぐ 〜
服部 剛
僕が以前働いていた特養で十三年生活していた
身寄りのない K 婆ちゃんの告別式が老人ホームで行われた日の夜
他施設との懇親会が行われ、
僕は「はじめまして」とテーブルについて
「乾杯!」とグラスを重ね、幸せそうにご馳走をほおばった
向かいの席に座る素朴で明るい笑顔の女の子は
奄美大島から来たそうで、島の話で会話が弾み
ビールで顔を赤らめた僕は
自己紹介代わりに歌う彼女の島唄を
浮ついたえびす顔で手拍子打って聞いていた
少し照れた女の子が歌い終えた拍手の渦の後に
奄美で共に働く毛の薄い施設長が
「え〜こう見えても彼女は人妻・子持ちです。
独身男性、残念でした〜」
ビールを飲み干したプラスチックの空コップを手に
僕は自らの胸の内に生まれたばかりの淡い想いを蹴散らした
「ではではみなさまごゆっくり」
と笑顔でおじぎをした後にひとり職場の門を出ると
今日の午後火葬場で亡骸を焼いて空に上る煙となった K 婆ちゃんの
棺桶の中で永遠に瞳を閉じた寝顔を想い出した
デイサービスに部署が変わった僕が
忙しく廊下を歩いている時も
遠くから手を振る車椅子の K ばあちゃんに近づいてしゃがんで
握手した手を離すといつも小指を立てて
「お嫁さんみつかった?」
じっと僕をみつめて心配そうに
「しょうかいするから」
と、ろれつの回らぬ声で言う
K 婆ちゃん、
日中共にいる人々と笑い合い
バカ話のひとつやふたつふりまきながら
軽い足取りを演じているけど
ひとりの夜の帰り道を
ぽつんと光る街灯の下に自らの影を伸ばして歩いていると
無風の夜にもこの胸の穴には
あてもない風が吹き抜けてゆくよ
K 婆ちゃん、
複雑な家庭事情で身寄りがいないあなたにとっては
僕等職員が家族だった
自分の誕生会の日は
誰かが通り過ぎるごとに声をかけ
かっぱ巻やらかんぴょう巻ばかりをご馳走してくれたね
K 婆ちゃん、
僕等の施設に入って間もない頃のあなたは
夜中に騒いで椅子を投げたかと思えば
翌日の職員演芸会では大根役者の演技を見ては
「バンザーイ!」と両手を上げていたね
K 婆ちゃん、
昔の僕がどん底だったあの日、
車椅子の前にうなだれた僕をじっと見て、
立てた手のひらをゆっくりと横に振り
「負けちゃいけないよ」と
沈黙の内に語りかけてくれたね
今日もデイサービスに集まるお年寄りの背中を風呂場で流す為
K 婆ちゃんの告別式には参列できないので、
入浴介助を終えてびっしょり濡れた Tシャツ・短パン姿のまま
遺体の安置されている小聖堂の木の扉を左右に開いた
棺桶の中で白い花に囲まれて瞳を閉じた K 婆ちゃんは
人生の宿題を全て終えたような安らかな寝顔をしていた
瞳を閉じて両手を合わせた僕は
人生という旅を歩み終えた後
いつの日か遠くで手を振る K 婆ちゃんと
再び握手することを棺桶の中の寝顔に伝えた
小聖堂を出て更衣室で着がえた僕は
食堂に行き、自分で食べることのできないお婆ちゃんの口元に
お粥をスプーンで運んでいた
老人ホームの玄関の外から
霊柩車の鳴らすお別れのクラクションが聞こえてきた
瞳を閉じると
老人ホームの玄関口は白い光に満ち溢れ
車椅子に乗った K 婆ちゃんは後ろ姿のまま
必死にこちらに手を振っていた
* 平成十七年・十一月十七日(木)K さん告別式の日に