「ガラスの壁の向こう側」
服部 剛
北鎌倉・東慶寺の敷地内の喫茶店
外には店を囲む竹垣が見えるガラスの壁
に寄りかかりコーヒーをすすっていた
顔を上げると
店内を仕切るガラスの壁の向こうに透けて
カウンターの中に一人の妖精が
佇
(
たたず
)
んでいた
僕は飲みかけのコーヒーカップをテーブルに置き
すっと立ち
ガラスの壁の真ん中ををすり抜ける
( 透明の波紋を広げ )
「向こう側」にいる妖精の素顔を・・・
互いの澄んだ瞳の黒点が合う瞬間を求めて
コーヒーのおかわりを装い
平たい「Menu」をこちらに手渡す
あの白い手を求めて・・・
妖精の微笑みにぎこちなく
会釈
(
えしゃく
)
し
頬の赤らみそうな鼓動を押さえて振り返り
ガラスの壁の真ん中をすり抜ける
・・・目覚めると、テーブルの上には、
食べ終えたケーキの残りかすが散らばる白い皿
窓際に立ったままの「Menu」
栞
(
しおり
)
を挟み損ねて閉じられた本
ガラスの壁の向こう
カウンターの中には
カップにコーヒーを
注
(
そそ
)
ぐおばちゃんと
無人のテーブルを拭くもう一人のおばちゃんが
たわいのない会話をしている
日の暮れかけたガラスの壁の外で
竹垣の前にひっそりと立つ細い木の枝から垂れる
緑の葉が一枚、人知れぬ風に揺れている
昨日大阪の空の下から
一人きりの夜をまぎらわそうと送られてきた
君からのメールに
「寂しくなどないさ」
と返信した嘘の言葉
閉店前の喫茶店で最後の客の僕は
コーヒーカップの残りをひと飲みすると
シャツのボタンを外した胸の内側に広がる
コーヒー色の闇に
「ひとり」
というミルクを垂らしたひら仮名の白い文字が
滲
(
にじ
)
む
テーブルの端に置かれた伝票を手にした僕はすっと立ち
レジに立って静かに微笑むおばちゃんの方へ歩く
財布を出そうと手を突っ込んだ上着の
懐
(
ふところ
)
には
もう記憶に薄れた遠い日の面影
この薄い胸に寂しく顔を
埋
(
うず
)
めた顔の無い誰かの
髪の毛の匂いを今も忘れられずに
緑に囲まれた山の中で 木立の上に空を仰いで
ゆっくりと形を崩し広がる雲間から
覗
(
のぞ
)
く
「永遠の青」
をふたり肩を並べて仰いでいた いつかの夢を
懐の内から 遠い昨日へ
葬
(
ほうむ
)
ることもできずに
自由詩
「ガラスの壁の向こう側」
Copyright
服部 剛
2005-11-08 20:00:49
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