枯葉の散る頃
服部 剛

真っ青な空が広がる秋晴れの日
息絶えた老婆は白い棺桶かんおけふたをされ
喪服の男達の手で黒い車の中へ運ばれた

人生の終止符を告げるクラクションが低く鳴り響き
親族と老人ホームの職員達は瞳を閉じて合掌がっしょうする
黒い車は門の外へ出て行く

喪服の人々の後ろで一人
友達だった老婆は車椅子に乗ったままうなだれ
麻痺で片方しか動かない右腕に顔を伏せ
頭を揺らして泣いていた

遺体を乗せた黒い車は火葬場へと走る
七十八年間の想い出は
マフラーから優しく吐き出される地上の夢
煙となって立ち昇り 真っ青に広がる秋の空へ・・・

静かに走る黒い車と
老人ホームで見送る喪服の人々を眺め
空色に溶けてうっすらと浮かんでいる老婆の顔は
地上の人々と別れゆく前に
たったひとことの言葉をつぶやいている 

昼食を食べる前に
老人ホームの売店を通り過ぎると
ガラスケースの中には
生前老婆が編んでいたいくつもの
猫やひよこのぬいぐるみが
黒い瞳にひとつぶの光を浮かべていた


流しで手を洗っているとラジオから

「古いアルバムをめくり ありがとうって呟いた」 *

という若い女性の唄声が聞こえてきて僕の胸の内側が少しにじんだ


食事を終えて廊下に出ると
出棺の時に片腕で涙をぬぐっていた老婆は
片腕で車椅子をこぎ続け
ひとすじの長い廊下をゆっくりと進んでいた

芝生の庭へ出た僕は
木陰のベンチに腰掛けて
見上げれば真っ青な秋空に身を躍らせる無数の枯葉
風に揺られて一枚 枝を離れ足元に落ちてきた

老人ホームの窓の内側から
青年の介護職員が老婆と楽しげに手拍子を打ち
歌っているのを聞きながら
僕は木陰のベンチでうたた寝る



     * 夏川りみ(歌手)「なだそうそう」より引用 





自由詩 枯葉の散る頃 Copyright 服部 剛 2005-10-18 19:00:48
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