服と裸
山内緋呂子

起きたら
三島由紀夫だった

下唇を噛んだら血が出て
三島由紀夫の血はこんな味なのか とか
白くて小さめの歯は けっこう硬いのだ とか

会ったことないのに懐かしむ

せっかくだから美輪明宏に会いに行こう
私は特に好きでないが
私は今 三島由紀夫であり
彼は彼を愛していたのだから
会いにいきましょう

「毛皮のマリー」だ
僕の「黒蜥蜴」でなく 寺山さんのものに出演中とは、
そんな時に君に会いにきてしまうとは
まあ、また会えてもそんなに何もかも完璧ではないだろう

舞台上の君は美しいから
楽屋ではなく
チケットを買って 席につく

ああ君は 立派なおばあさんだ
青年らしさはすっかり抜け
女性として 年をとっていったのだね

君は 女になりたかったのか いや女だったのか
僕は 軍人になりたかったのか いや軍人なのか
君は今 生きていて 僕は死んでいるけど
君も 僕と同じではないのか

花道を通るとき
昔と同じ香水が香った
君には会わないほうがいい

舞台上でプライベートと同じ香水をつけるのはやめたまえ
いくら役のイメージに合っていても
似た香りを探したまえ
その香水は そろそろ生産中止だろう


家に着き
私は 三島由紀夫の、肉体美を見ることが
一番の供養と思い
鏡の前で 服を脱ぐ
5分程見た
昔 
「永すぎた春」に出てきた
「服を着ていても 裸でいるような女」
になりたい と 当時の恋人に言った
「あなたはもうそうなってますよ」
と 言われ
私はずっと そうでありたいと思っていました

由紀夫さん
ヒトは変わります
今の私は
あなたのおっしゃっていた
「着飾ることは デリカシーだ」
という コトバを念頭におき
好きな洋服を買います

デリカシーは身につけましたが
年をとり
いろんなことを知り
誰の前でも裸にはなっていないかもしれません

由紀夫さん
あなたの裸は
実によく 軍服が似合います

あなたは何になりたかったのか なれなかったのか
私にはもう わかりませんけど

似合う軍服を着たまま
死ねたこと
よかったじゃありませんか

今日は 裸のまま寝ましょう
私と


自由詩 服と裸 Copyright 山内緋呂子 2004-01-05 18:50:28
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