佐々宝砂

気がつくと
捨てようとした広告紙の裏一面に
ひとつの名前を繰り返し書いていたりして
それがまた
自分でもびっくりするくらい意外な名前で
戸惑うというより不思議な気分になってしまって
驚愕と疑問の休日出勤の朝
あたしはその名前の持ち主に出逢う

気づいてしまった以上しかたない
賭けるしかない

動き始めたショートラインを見下ろして
あたしは昔好きだった詩人について考える
その詩人が書いた「賭け」という詩について考える
自分の破滅を賭けると断言できた
その詩人の若さについて考える

あたしにも
賭けるものはある
あたしのポケットはカラではなく
カッターとか税金の督促状とかボールペンとか
ウン十年前の恋とか
そのとき生まれたウン十歳の娘とか
いろいろ入って
とても重くて
今目の前にあるあのポケットもカラではなく
ドライバーとかフォークリフトの免許とか
地球の裏側の国に残してきた両親とか
そんなものがいろいろ入って
とても重いに違いなく

つまり
賭けるものはありすぎて
でも
あたしの破滅だけはどうしても賭けられない
あたしはまだ破滅できない
今のところは
まだ

だからあたしは
あたしの破滅以外のありったけを
賭けることにする

ビープ音騒がしい工場の一角で
あたしの目の前にすとんと落ちてきた
そのおそろしいものを手に入れるために
あたしはすべてのコインを投げ出す

最後の勝負こそが
一世一代の勝負なのだと
台詞だけは
妙に年齢相応のことを呟いて



ルクセンブルクの薔薇名義で発表、
「マルメロジャムをもう一瓶」の続編となる予定の
連作第一作目。


自由詩Copyright 佐々宝砂 2004-01-03 13:51:06
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労働歌(ルクセンブルクの薔薇詩編)