夜半消えゆく音に
AB(なかほど)

ひとつ物音が消えてなくなれば
かき消されていた音が聞こえてきます

テレビを消してみましょうか
ちょうど今頃は庭先から
みなさんがよく知ってるものや
そうではない虫の音も聞こえてきます

もちろん
携帯やパソコンを覗いてるうちは
聞こえてきませんが
不思議なことに
物語
例えば
ツルゲーネフやジッドなんかの
青春を過ぎてはじめて
赤面なしに読むことができる
初恋物語を読みながらの虫の音は
今でも覚えてるような

ええ
覚えてるような気がするだけです
一体全体あの時の虫の音は
あるいは物語の中から聞こえてくる
幻覚なのかもしれません
その証拠に
明日の仕事のことを少しでも思い出すと
簡単に消えてゆくのです


それより以前
僕の育った頃の家のまわりは
まだまだ田舎で
この季節には
うるさいぐらいの虫の音とともに
そして冬には木枯らしの音なんかと
寝入っていたのだと思いますが
近くに建てられた
県立病院に向かう救急車のサイレンを
二つ三つと
数えない夜はありませんでした

サイレンはやがて止み
しばらくして耳が闇の音に慣れてくる頃に
鳴り止んでいた
あるいは
かき消されていた物音に
再びあやされるように
眠りにつくのでした

そんなわけで
今日は風の音を聞いて寝ます
僕の家はもう県立病院の近くではありませんが
どうか朝まで
その音を消すものがありませんように



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自由詩 夜半消えゆく音に Copyright AB(なかほど) 2004-01-03 09:54:56
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