ビーフシチュー
野島せりか

にんじんの悲しみは ピュ―ラーで一枚剥けばはがされる

じゃが芋の苦しみは 包丁のかどで丹念に取り除く 
芯が残らないように  
これは ソラニンっていう猛毒なんだって

玉葱の恨みは じっくり弱火で炒める
時間をかけて  腕が疲れてちぎれるほどに

牛肉は痛みを封じ込めるように表面を焼きつける
ワインを注ぐと 痛みは一瞬の炎で昇華する

みんなまとめて鍋に入れてしまえ
水を入れて火にかける
しばらくして押し殺せない気持ちが灰汁になって浮いてきた

これを取り除けば 少しはマシになるだろう
丁寧にすくうと 捨てられる灰汁はまだらに広がる

気持ちがだいぶ癒されたので
何もなかったように 私はワイン片手に一人で乾杯

もっと じっくり煮込んでやる  
跡形もなくなるほどに 
すべてを忘れるほどに

蓋を取るとすべての感情が湯気となって解き放たれる

今夜食べてもいいけれど 
もったいない
明日になったら 食ってやる
みんな残らず食ってやる


自由詩 ビーフシチュー Copyright 野島せりか 2003-07-07 22:56:10
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