いのち
折釘

電熱器を横に食す
ことし最後のみかん
そのたくさんの房
ひとつひとつがいのちで
手につくつめたい湿りがちの
粉のようなものもいのちで
すじもいのち
黒くて
安塗りの
ディスカウントセンターで仕入れた
この机のかわいた細胞の列も
ひとつひとつがいのち

たばこのフィルターは
あたりうごかぬくらい海を
落ちてゆくプランクトンや
古代の羊歯植物が
化石や瑪瑙に成りきらなくて
可燃性液に変わり果てた
いのち
このモニターも
スピーカーも
あのケータイも
ひゃくえんライターも
爪楊枝などは
その姿で最たる
わたくし事をしない爪
切られて落ちる髪が
濯いけずられ
めくらに排水溝を探りながら
流れ去るわたしのいのち
ざわめく血のいのち
風おこすくちびるのいのち
わたしが知らないわたしのいのち
かみしめて飲みこむ
わたしの下半身を冷えからすくう
座蒲団のそれも
蛍光灯を交流する電子のそれ
コンパクトディスクのまわるそれや
準星の爆発しつづけるそれ

中性子のかすかないのち
満月のしずかないのち
太陽のあきらかな
わたしの不安な
爆弾の蟲惑的な
競走馬のコーナーにかすむ息
教会の木枠にひとつだけ
孤独な
窓が
はめ込まれたすがた
それらすべて
あかるい象のむこう
おさない書き手のいのち
先生が黒板におおきく示す
神という名のいのち
ホームレスのシュウさんのいのちは
十年もむかし
氷雨にぬれた段ボールの上で
小さく呼吸をとめた
いのち と
声にすれば
ことばに宿る

戦場のいのち
憲法のいのち
死という名の活発な
父に間近ないのち
祖母に
語りかけるいのち
買い物かごにあふれるいのち
こどもや母親がいなくなって
やがて夜の公園の
さくらも
春にちる
    いのち




自由詩 いのち Copyright 折釘 2003-12-28 20:13:13
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