忘れんぼうの水族館
初代ドリンク嬢

「薬を飲み忘れたわ!帰らないと」

マンボウを見に
水族館へ行こうと
誘ったのは彼女の方だったのに
家を出てすぐ言った

「どこが悪いの?」
「知らないわ、生まれてからずっと飲んでるのよ」
「飲まないとどうなるの?」
「知らないわ、飲み忘れたことがないから
 でも、きっと大変なことになるのよ」
「そう、じゃあ、急いで戻らなくちゃ」
「そうよ、急いで戻らなくちゃ」

大急ぎで家に帰ると
靴を脱ぎっぱなしにして
奥へ入っていった

「薬を飲むところは絶対に見ないでね」

もちろん、
僕も後を追って
彼女が薬を飲むところを
そっと覗いた

彼女は
台所の食器棚から水色の壜を取り出すと
赤い線のところまで一気に薬を飲み干した
炭酸ジュースを飲むみたいに
おいしそうに

食器棚にあるのは水色の壜だけだった



「洗濯を干すのを忘れたわ!すぐに帰らないと」

水族館はもうすぐだというのに
「ダメダメ、今日干さなくちゃ、絶対だめ。だって洗濯よ?」

来た道を
同じだけの時間かけて家まで戻ると
彼女はバックも放り投げて
家の中へ入っていった

「洗濯を干すところは絶対に見ないでね」

僕も彼女の後を追って
彼女が洗濯を干すところを
こっそりと眺めた

太陽が彼女に近づいてるみたい
彼女はクルクル回りながら
僕も聞いたことのない
金属をこするような声で
鼻歌を歌いながら干した
知らない世界の
踊り子みたい

干している物は全部真っ白のシーツだけだった


僕たちは
やっと水族館に着いた
閉館30分前

「ねえ、アイスクリーム食べよう」
彼女は
マンボウの前を素通りした

「なんだかさっきからアイスクリームが食べたいの」
「そうだね」
「アイスクリーム食べようか」

「あのね、今度、水族館へマンボウを見に行かない?あの薄い体を見ると笑っちゃうのよ ね。あの中にはきっと何もないと思うの。水だけよ。海の水だけがいっぱいなの。風船 みたいに。」
「そうだね。今度ね。」

僕の返事も聞かずに
彼女は
立ち上がって
どこかへ
走っていった

何を見つけたんだい?



自由詩 忘れんぼうの水族館 Copyright 初代ドリンク嬢 2005-08-26 10:48:02
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