散文的な夏
岡部淳太郎

追われてゆく、陽の速度に倣って、大気は燃えている。すべての失われた魂を鎮める夏。その高温へと連れて行かれる。靴の紐がほどけている間に、素早く足裏をさらけ出し、女の後ろ髪がほどかれる間に、どうにかいまを諦め、おまえは炎天の、眼を痛める横断歩道の上で立ち往生している。

追われてゆく、砂の速度に倣って、海はさかりのついた動物。すべての汗が浮揚する夏。その欲得の隙間でいかれる。あらゆるものは無音でほどけ、素早くほどけ、古い書物の背中のように、おまえの日録は緩やかにほどけて開示される。おまえは炎天の、訪れるべき災厄の予感に、はるか遠くまで立ち止まっている。

追われてゆけ。追い越されてゆけ。夏の人びとはすべておまえを追いぬき、風のない暑熱の中で、ただ灼かれるしか術がない。流されてゆく橋の速度に倣って、洪水のような陽が照りつけている。強すぎる者は、いつの日か、自らの強さの前にかしずくだろう。おまえは炎天の、さまようべき性質。すべてのものが立ちつくしている。

追われてゆくのは夏、または人。これらの気候の方位の中で立つだけの、人びと。すべて文字のような顔をした人びと。おまえは陽によって散らされる。散らばってゆけ。追われてゆけ。おまえのばらばらの欠片を、この熱せられた道の上に撒いてゆけ。誰も歌わない。物語なら、なおさらだ。おまえはもうひとつの、暮れてゆく夏の日。追われてゆけ。散らばってゆけ。すべての夏は、いまここに、立ったままで忘れられている。



夏はすべてのものが汚れているから
散文的に あくまでも散文的に
手を洗わなければならない
追われてゆけ
追いぬいてゆけ
おまえの汚れはまだ
おまえの皮膚にこびりついている

追われてゆく
夏を 静かに死なせよ
空の句点の中心に
夏を そっと投げこめ



(二〇〇五年七月)


自由詩 散文的な夏 Copyright 岡部淳太郎 2005-08-15 01:12:50
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