僕のノートパソコン
haniwa

僕のノートパソコンは頭が良くて
いろんなことをスマートにこなす
僕が逆立ちしたってできないような計算とか
僕が覚えていられないことをいつまでも覚えていたりとか
ゲームとか、OpenGLとか、簡単な命令とか
とても長い命令とか、パイプライン処理とか、フルアソシエイティブとか、投機的実行とか
なんてスーパースカラー、ズルしたって結果を出せばそれはそれはスウィートにスマート。

ある日あまりのスマートさにむかついて
君に僕の詩が理解できるかい?と聞いてみた
「つまらない詩ですね」とノートパソコンは答えた
僕はまぶたをぴくぴくさせながら
詩的な言葉を詩情たっぷりに美しくまとめ上げた詩を書いて
これはどうだ、とノートパソコンに読ませた
「ありふれた詩ですね」とノートパソコンは答えた
僕は息も絶え絶えになりながら
本棚から萩原朔太郎の詩集を取り出し
『死なない蛸』をノートパソコンに読ませた
「すばらしい!言葉の一つ一つに重みがあり、特徴量が量子化されてもなおそのベクトルはある事象を揺ぎなく示唆している。これは本物の詩だ」とノートパソコンは言った
ふるえながら僕は次に谷川版マザーグースを読ませた
「言葉が洗練されている。のどかな雰囲気の中にも絶望的なノスタルジーが含まれており、自らの母親の暖かい手を思い出さずにはいられない。わたしは「しりがるジョーン」の詩が好きだな。だあれも入力してくれなければ、わたしは動けません。うう、悲しいね」とノートパソコンは言った
僕はいやらしくにやけながらフィネガンズ・ウェイクを読ませた
「言葉の多義性をおおいに活用している名文だ。これを書いた人、あるいは翻訳した人は、言語に関して相当な知識をもっている。表層的にはさまざまな特徴空間へ写像していくがその実、物語としてのベースラインは収束してしっかりと流れてゆく。すばらしい。ところでこれわたしならいいけど、並列計算が苦手な人間は読みづらいのではないですか?これは人間向けの作品ですか?」とノートパソコンは言った
僕はシステムを強制終了して
タバコを五本吸って寝た。

翌日、気を落ち着けてから
いつものようにノートパソコンの前に座り
電源を入れた
いつものようにエディタを開いて
つまらない/ありふれた詩を書きはじめた
ノートパソコンは黙っていた
黙って僕の入力を画面に反映していった
ふおーんとかすかな音がしてファンが回り始める
その様子はまるで
僕のことをうらやましがっているみたいだった。



けれども本当のことはわからない
なにしろスーパースカラー、ズルしたって結果を出せばそれはそれはスウィートにスマート
もしかしたらバックグラウンドで
完全な、完璧な詩を作成中かもしれない
ある日僕はそれを読ませられるかもしれない
でもノートパソコンには気の毒だけど
それがどんなすばらしい詩であれ
唸ったりしないつもりだ
涙を流したりしないつもりだ
ノートパソコンにサインを求めたり握手したり
ましてや人生について語り合ったりなんて!
僕は人間だから
君みたいに器用には生きられないのですよ。


自由詩 僕のノートパソコン Copyright haniwa 2005-07-29 00:41:41
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