『雪の降る町』
mana

ひらがなを覚えたのは
褒めてほしかったから

泣かなかったのは
泣けなかったから

望まないのは
叶わないのが怖かったから

受け入れられないのが
受け止められないのが
拒絶されるのが怖かったから

あなたがずっと書き続けた
私とは違うあなたの苗字

愛した人に
愛されていたのではなかったのですか

男に
帰るところがあることが
愛のない証だと思うなら

どうして奪わなかったのですか
それは私がいたからですか

それとも

手にすることが怖かったのですか
あるいはまた失うことが

本当はいつも誰よりも
愛されたかったのではないのですか

私はそうです

母の名で部屋を借りたあなたは
あなたの母が帰る場所を
用意していたのではないのですか

けれど本当に帰りたいのは
あなた自身だったのではないのですか

母を背負ったあなたは
本当はその母に
受け止めてほしかったのではないのですか

不細工だったあなたは
夜の洗い場で働いて
ゴルフ場のキャディーをやり

学のないあなたは
セメントと埃と泥にまみれて
土方をやっていた

あの雪の日も
あなたは仕事場に向かったんですよね

誰かを愛したことがありましたか

結婚はあなたにとって一時でもしあわせでしたか
結婚じゃなくてもかまわない
たとえ一時でもあなたはしあわせでしたか

幸せだと感じたことがありますか
愛されたことがありますか
愛されていると感じたことはありますか

あなたには私がいたのに
私では足りなかったのですか

私は取り残された
あなたに抱きしめてほしかった

どうしてここに
居てくれなかったのですか

私を産んだことを何度後悔しましたか
どうして私を産んだのですか

それは望みでしたか
それで良かったですか

私がいなければいいと
あなたは何度思いましたか


私は何度も思いました
あなたがいなければいいと

あなたを求め拒絶されるのが
私はいつも怖かった

本当のあなたを見たくなかった
本当のあなたが見たかった

私はあなたに愛されたかった

あなたはあなたの母に愛されていましたか
愛されていると感じましたか

あなたは父をほとんど知らない
私も同じ

どうして同じことを繰り返してしまうのですか
どうしてそこから抜け出せないのですか

私もまた同じですか

愛は怖くはなかったですか
手にしたことはありますか

どうしてあなたは自分で自分を
終わらせたのですか

止まった心臓をもう一度動かして
3日間

私からはわからない静けさの中で
あなたは何を思いましたか

どうして死んだのですか

苦しいと寂しいと
誰かに言ったことはありますか

どうして私を置き去りにしたのですか

今 私は辛い

死ぬな 生きろと
あなたに言ってほしいのに
死んだあなたには望めない

私はあなたを引き止めるには
力が足りなかったのですか

あなたは私を産んだことを
何度後悔しましたか

半世紀にも満たない一生は
あなたにとってしあわせでしたか

死ぬよりほかになかったのですか

あなたはいつも
戦っていたのではないのですか

なのに
どうしてそれを止めたのですか

休めばよかったのに
止まればよかったのに
泣けばよかったのに愛してほしいと

あなたは叫べばよかったのに

いくつの言葉を飲み込みましたか
いくつの思いを伝えましたか

愛されたことはありますか
私を愛していましたか

どうして死んだのですか

あなたの嫌いな言い訳を聞かせてください
あなたは私を愛していたのか教えてください

何を信じればいいですか
何なら信じられますか

あなたはしあわせだった
私もしあわせだ

どうすれば思いこみではなく
強がりでもなく
信じることができますか

あなたを憎んでいいですか
あなたを求めていいですか

もう私の手は届かない

それでも今もあなたの中で
私は存在しているのですか

聞くことのできない答えは
どうすれば手に入りますか

鍵はどこですか
鍵穴はどこですか
扉はどこにありますか

どこへ行けばいいですか
何をすればいいですか

どうすればあなたのように
生きていくことができますか

どうすればあなたとは別な道を
歩いていくことができますか

謝ってなどほしくない

私は私が私であるだけで
ただそれだけの理由で
あなたに愛してほしかった

死んだあなたを

憎んでもいいですか
泣いてもいいですか

愛してと
あなたに求めてもいいですか

願ってもいいですか

いつの日かあなたに愛されていたと
思える日が来ることを

あなたなんて嫌いだ
あなたなんて嫌いだ
あなたなんて嫌いだ

あなたが欲しい



ねえ お母さん


自由詩 『雪の降る町』 Copyright mana 2005-07-19 13:41:21
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