湖畔にて
大覚アキラ

約束の時間から3時間も過ぎても サユリは現れない
ぼんやりと待っていても仕方がないので
とりあえず先に出発することにした

目的地は とある湖で
そのほとりに 以前来たときにはなかった小屋が建っていて
看板らしきものには 「記憶 売ります 買います」 と
へたくそな字でペンキの殴り書き

悲しい記憶や 嫌な記憶も買ってくれるのか と訊くと
ヒゲ面の爺さんが もちろん と言う

ふと見ると 小屋の中のベンチにサユリが腰掛けていて
汚れた三毛猫をひざの上に乗せて はしゃいでいる

サユリ と呼びかけても
きょとんとしていて さっぱり要領を得ない
すると横から爺さんが

そうそう あの娘さんは
さっき悲しい記憶を売ってくれたんだよ
どうやらアンタのことは ぜんぶ悲しい記憶だったんだねえ

そう言って
クククと 肩を揺らして笑っていやがる

途方に暮れて サユリを眺めているうちに
たまらなく悲しくなったので
サユリの記憶は 全部 爺さんに売ってしまった

そういえば なぜ あの湖に行ったのだろう





自由詩 湖畔にて Copyright 大覚アキラ 2005-07-15 17:33:53
notebook Home 戻る