記憶の断片小説続編・ロードムービー「卒業」
虹村 凌

第四ニューロン 「新宿」

 朝早くから、家族に嘘を付いて家を出た俺は、待ち合わせ時刻の30分前には、
新宿駅南口改札の前に突っ立っていた。せわしなく煙草を吸い散らかす。

 どうでもいい話だが、今の俺は、常に携帯灰皿を持っている。
携帯してこその、携帯灰皿だ。家にあっても意味は無い。
スモーキンクリーン。煙草を吸う者の義務だ。
歩き煙草はするけどな。子供には気をつける。
ただ、化学物質過敏症の人の事を考えると、歩き煙草も止めようかとも思う。

 携帯を何度も開いては、時間が過ぎていくのを確認する。
初デートだと言うのに、家族に嘘を言った俺は、適当な格好をしている。
俺はそわそわしながら待っていた。端から見ても、すぐにバレるだろう。
記憶が正しければ、彼女は遅刻してきたと思う。
その前に、嘉人を交えて会った時は、嘉人が遅刻して来たのも覚えている。
俺が待ち合わせに遅刻すると言うのは、結構珍しい事だ。
そして遅刻する時は、かなり激しい遅刻になる。
 またも話が逸れた。日曜の朝の新宿は、いつもと違ってやや閑散としている。
それにしたって、沢山の人が歩き、車が走っている。
舞子は、ジーンズ生地のロングスカートを穿いてやってきたのを覚えている。
彼女はその頃、既に俺に興味があると告げていた…と言っておくべきだった。
メールの遣り取りが頻繁になり、距離は近づいた。
しかし、以前、友達の彼女って言う存在なんである。(俺は惚れていたが。
しばらく歩いて、確かエクセシオールだったと思う。カフェーに入った。
舞子の話だと、嘉人は今日、新しい携帯を買いに新宿に来るらしい。
そして、俺と舞子が会う事を知っているらしい。勿論、舞子から聞いたのだろう。
 俺は嘉人なんて恐くなかった。喧嘩になっても負ける気は微塵も無い。
俺と舞子は、隣に座ってた客が逃げ出すような、痴話話、下世話な話をした。
俺は舞子に犯されたかった。舞子は俺に犯されたかったらしい。
しかし、それは許されない。まだ、関係は友達でしかない。

 本当かどうかわからないが、彼女は俺に興味があったと言う。
どれくらいかと言えば、嘉人との行為の最中に、俺の詩をソラで頭の中で思い出せる…
くらいだそうだ。嘉人にしてみれば、随分な話だと思う。
だが、俺にしてみれば、彼氏よりも俺の詩を選んだと言う事は、
俺は勝利の片鱗を掴んだ事を意味する。
愛の表現のひとつである、セックスの最中において、他人の愛の言葉を思い出す。
嘉人の、敗北だ。



 しばらくして、俺たちは飯を喰いに言った。
舞子の予定上、時間は限られている。なるべく無駄な時間は過ごさないのが得策だ。
半地下のスパゲッティ屋は、俺が美術学校の予備校に通ってた頃に行った店で、
昼間はソフトドリンクが飲み放題なのだ。これが嬉しくて通っていた。
偶然だが、一番奥の席に通されて、ちょっといい気分だったのを覚えている。
それぞれメニューを注文して、談笑する。
流石に、飯屋で先ほどのような話は出来ない。
真面目に、俺は彼女の話を聞いていた。
舞子は、俺に興味がある。訳のわからん詩を書く俺に、興味がある。
後々重要になるが、彼女が興味を持っているのは、
「詩を書く、憂治 誡」なのであり、「嘉人の友達」じゃない。
なんにせよ、彼女は嘉人と「誡」の間で板挟みになっている…と言った状態だ。
舞子は聞いた。
「こんな私を、あなたはどう見ているの?」
俺の答え、今でも覚えている。
「崩れ落ちていく君は、とても綺麗だよ。」
…気持ち悪い。背筋が凍る。歯が浮く。
だが、まともな女性経験の無い俺は、これが精一杯なんである。
一年前に女の子に告白を失敗して以来、やや女性恐怖症気味だ。
何にせよ、彼女は微笑み、こういった。
「今、あなたに髪をさわられただけで、イっちゃいそうなの。」
撫でる、と言う行為にすら及ばない、触れただけで、と言う。
俺が?この、俺が?このツラの、俺が。
その時の俺は、満面の笑みで彼女を見つめていただろう。
 途中、嘉人からメールが来た。
「楽しんでいるかい?」
そんなメールだったと思う。新しい携帯、買えたのかどうかは覚えていない。
どんな風に返したかも覚えていないが、喧嘩腰で返した記憶がある。
そんな嘉人を、二人で笑ってた記憶が、微かにある。非道だな、俺。

 飯屋を出た彼女は、階段で何度か躓き、信号で大きく躓いた。
彼女曰く
「感じている」
んだそうだ。男の俺には、よくわからないが、そういう事らしい。
手ゴメにするなら今だぜ…と彼女に暗に言われているのに、俺は手を出せない。
女性恐怖症である。凄い恐怖症である。何よりも恐怖なんである。
未知の生物に触れるようなモノだと思ってくれればいい。
駅前での別れ際、よっぽどキスしたい衝動に駆られたが、押さえた。
友人の女に、そこまで手は出せない…と言う謎の俺的道徳観だ。
「ヤられてぇ」
と思ってる時点で不徳だと思うのだが、まだ行動には移さない。
何をしたか忘れた。髪を撫でのか、抱きしめたのか。
…髪を撫でたのだろう。彼女が崩れるようにしゃがんだと言う、微かな記憶がある。
イっちまったらしい。実際は知らない。演技だったかも知れない。

気色悪い顔をした俺は、気色悪いであろう笑みを浮かべて新宿を去った。
心の中には、嘉人に対する勝利の拳を掲げていたと思う。




散文(批評随筆小説等) 記憶の断片小説続編・ロードムービー「卒業」 Copyright 虹村 凌 2005-07-11 22:34:18
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