短編小咄「常連客」
虹村 凌

カミサマって野郎がいるんだとしたら、其奴はとんでもなくイヤな野郎だな。
人間ってのが後悔するのを見て、楽しんでやがるんだ。
何故かって?後悔してるんだよ、人間なんつーモンを創っちまった事をよ!
笑えよ、カミサマ。俺らぁてめぇの手の平で踊り続けるぜ。


くそったれが。




*********





からん




と音を立てて、グラスの氷が音を立てる。
既にグラスは水滴で濡れており、机にも数滴の滴が横たわっている。
窓の外には、静かな風景が広がっている。
対照的に、侑子(20歳・仮名)の心の中は、荒れ狂う海のような状態だった。
侑子の反対側の席には、一口も手を付けられていない珈琲カップが置いてある。
冷え切った珈琲は、冷たく鈍い光を放っている。
そして、その椅子には、もう誰も腰掛けていない。


「もう終わりにしよう」
その一言を口にすると、洋一(21歳・仮名)は煙草をもみ消した。
侑子は、黙って外を眺めたままだった。
その様子を見ていた洋一が席を立とうとした瞬間、侑子は言った。
「あなたの子供が…」
「いい加減にしろよ!」
洋一はたまらずに怒鳴った。
「もう何度目だよ!もう聞き飽きた!冗談じゃねぇよ!
 だからイヤなんだ、お前はとは別れる!これでおしまいだ!
 今まで何回そう言った?!全部嘘だったろ?!この腐れマ×コが!」
言うだけ言うと、洋一は大股で店を出ていった。
侑子は、そんな洋一をチラリとも見ずに、微笑みを浮かべるだけだった。
「うふふ…嘘だからイケナイのね?本当だったらいいのよね?うふふふ…」

侑子はコンビニに向かうと、妊娠検査棒を購入した。
「本当だったらいいのよね…本当だったらいいのよね…」
そう呟く侑子を、店員は訝しげに見たが、侑子は気にもしていない。
「今日こそ…今日こそは…」
爪は伸びきり、先には黒い垢が溜まっている。
髪はゴワゴワ、臭う体臭、服はヨレヨレで汚れきり、ズボンは黄色く変色している。
その癖、目は嫌に強烈な光を放っていて、ブツブツと何かを呟いている。
侑子が店を出た後、店員は店長に向かって聞いた。
「何なんですか?あのバァサン。臭いし、汚いし。
ズボンのケツんトコなんか、何か茶色いのベッタリくっついてたし。
そんな格好で検査棒買うって何に使うっつーんでしょうね。」
すると店長は、静かにこう言った。
「あの人はね、あーやって、毎週あれを買いに来るんだよ。
君は、まだ入って三日だから知らないだろうけれどね。
もう、この店が出来てから20年も経つのに、毎週、毎週、何年も、何年も、
月曜日になると、決まってあれを買いに来るんだよ。」
「へぇ…そうなんですか。っつかそれって、絶対にアタマおかしいじゃないスか。」
「そうだね。でも、ウチにとっては、大事なお客さんに変わりは無いんだよ。」
「臭いし、他の客の迷惑じゃないですか。」
「いいんだよ。たった一分足らずの事じゃないか。我慢出来ない程じゃないだろう。」
「はぁ…まぁそうですけど…」
「けど、何だ?」
「いや…俺が客だったら、嫌ですけどね。」
その瞬間、店長の目がギラリと光った。
































「君は、彼女があぁなった理由を知らないからそう言えるんだよ。」

















からん

店員の手から、小銭が滑り落ちた。



散文(批評随筆小説等) 短編小咄「常連客」 Copyright 虹村 凌 2005-07-11 21:36:09
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