逆光
umineko

どうしてもわからないことがある。

シクラメンの鉢植えを買う。理由は特に、ない。シクラメンだから。薄いピンクが、けなげだったから。違うな。何でもよかったのだ。自分以外の生物が、自分のテリトリーにあれば、それで。

水やりのタイミングとか、花屋のおじさんが色々教えてくれたけど、私がただうなずくだけのあまりに出来の悪い生徒だったので、おじさんも志し半ばであきらめたようだった。どうしていつもこう、遮断してしまうんだろう。私の扉はこんなにも開け放してあるのに、みんな呼び鈴を1度押したあとで、どうして訳知り顔で引き返してしまうのだろう。

シクラメンの花は、やわらかい。

別に触ったわけではないのだが、そのやわらかさがなんとなく好きだ。その周辺だけ、光の屈折率が違う気がする。それが(生気)というものなんだろうか。私が透視能力者だったら、虹色のオーラがその花のまわりに見えたりするんだろう。もっとも、その能力は私の毎日に何ももたらさないだろうけれど。

(お水ですよー。)

私は、独り言のように話しかけながら、その花に水をやっている。何の疑問もなく、黒土をごぼごぼと湿らせている。私がその行為を顧みることはない。やり直す必要がないからだ。

あの日。

私はどんなことばをあなたに返せばよかったのか。間抜けなうわさ話でお茶を濁したりせずに、どうしてもっと、大事な一言が言えなかったのか。真直ぐ。

空港のロビーは見事な逆光で、あなたの表情がうまく見えなかった。たぶん、私のこころがそうだったんだろう。あふれるものがまぶしくて、目を逸らせてしまったのだ。いつもそうだ。わからないから、あいまいになる。わからないことに安堵する。

今なら言える。鉢植えを濡らすよりも、ずっとずっと確かに。

私を。愛して下さい、と。

  

  


自由詩 逆光 Copyright umineko 2005-07-10 21:18:22
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