天の川に架かる橋の上で
服部 剛
明日の朝も僕は
バスの後部座席に重い腰を下ろしては
昨日のメールで君が励ましてくれた言葉を思い出し
リュックの中から取り出した本を開いて
挟んでいた君の写真をみつめるだろう
遠い町に住む君との距離が
写真の中の瞳をみつめる時に
ふと 縮むような錯覚を願う日々を越えて
いつか美術館で見た額縁の中の情景に足を踏み入れて
花園に流れる川に浮かぶ小船を漕いで
君を迎えに行けたらいいな
昨日の仕事を終えた後
深夜になった職場の老人ホームの部屋は
日中のお年寄りの声のにぎわいが幻のように静まり返り
7月になって白板の両脇に立てられた笹の葉に
色とりどりの願いをこめた短冊や飾りはクーラーの風に少し揺れて
目の前の薄桃色の短冊を読むと
いつも夫の文句ばかり言っているRおばあちゃんが
リュウマチの曲がった指で握ったペンで
一行、崩れそうな文字を綴っていた
「入院している夫の病がよくなりますように」
笹の葉の下に
7月のお誕生者を載せる大きい紙をひろげた僕は絵筆を握り
川に架かる橋の上の夜空に打ち上げられて光って開く花火を
橋の真ん中で肩を並べて仰いでいる織姫と彦星を描いている
「 今日も地上のどこかで争いに血を流す悲劇よりも
世の全ての織姫と彦星が
きらめき流れる天の川をわたる橋の上で
出逢える歓びがありますように 」
瞳を閉じて 両手を合わせ
子供の気持でお祈りすると
世の人々に顔を見せることの無い
「宇宙の誰か」は夜空に微笑み
満天の星空は煌き始める
今頃Rおばあちゃんは独りの部屋で口をあけて
寂しさを忘れた寝顔で眠っているだろう
老人ホームの静まり返った部屋に小さく響く古時計の音
ちっく たっく ちっく たっく ・・・・・・・
宇宙の全ての星々が
織姫と彦星の天の川での再会を祝福して瞬く七夕の夜へと
時間の川は確実に流れ
床に広げた紙に絵を描き終えた僕は睡魔におそわれ
あぐらをかいて座ったまま眠りに落ちる一時の夢の中に
浮かぶ 君の 面影が 天の川に架けられた橋を渡って
ゆっくりこちらへ 歩いてくる