旅先の夜の灯火
服部 剛
3歳の姪が
遠視矯正めがねを初めてかけて
鏡に映る見慣れない顔とにらめっこ
「似合うよ」
後ろから見守るママが言うと
にっ と微笑む君の目は
人よりもちょっとピントが合わない
30歳の僕は
大人になるにつれて
気付いたら曲がりくねった道の只中で
裸眼なのになぜかピントが合わなくなって
人の心もぼやけて見えて
すっきりとした一本道が見える
視力矯正めがねを街中探し歩いても
どこにも売っていやしない
レンズの向こうに見える「未来の君」は
陽の光をそそがれながら胸を張り
歩み続けているだろうか・・・?
夜の闇にうずくまり
顔をふさいでいるだろうか・・・?
( 今夜も遠い空の下では
シャッターの下りた新宿のデパートの足元で
黒字の布に覆われた小さい机の上に
蝋燭の明かりを灯し
腰掛ける占い師の前に向き合い
若い女は明日の行方を知ろうと
ひろげた手のひらを差し出して
蝋燭の火に照らしている )
旅の途上で姉の家に宿を借り
日常の煩いを遠い場所に置いて来た僕は
ベッドの上で枕を背に腰掛けて
スタンドの明かりに照らされたノートに
旅日記を書いている
部屋のドアをノックした姉が顔を覗かせ
夫との間にめがねを外した小さい姪を挟んで
「おやすみなさーい」
と声をそろえた
ドアが閉まり しん とした旅先の夜
小さい手をふる
姪の澄んだ瞳が
旅人の空っぽの胸に
ほのかな消えない灯をともす