夏休み
たもつ



夏休み
街から人はいなくなった
窓という窓
木陰という木陰
ベンチというベンチ
そのいたるところから
少しの匂いと
体温を残して

静寂、というには
まだわずかばかりの音がある
例えば幹線道路を南へと走る
忘れ物みたいなバス
そのアスファルトを踏む音
誰かの眼差し
のような夏の陽に紛れて
僕らは乗客の中にいた
時おり街角に棒立つ人がたの影
けれど次の瞬間には
もはや記憶ですらない

バスの中をバスが通過していく
もちろんそれはバスではない
夏の間しか生きられない小さな虫の飛行
剥き出しの命に
乗客はみな目を瞑る
その姿は祈りにも似ていたが
僕らは本当の祈りを知らない
上り坂にさしかかり
バスは一気に加速度を増す
はるか空を目指して
降下
していく

と、街に人が戻る
交差点で信号待ちをしている男たちの襟首は
垢で薄く汚れ
学生たちは机の上に課題を放置したまま
今という一瞬に余念がない
どこかのベランダでは
洗濯されたばかりの白いシーツが
ふわり膨らむ
風が形になる
隣で小さな寝息をたてている君
昨夜、街を捨てようと言ったのは
どちらからだったろう





自由詩 夏休み Copyright たもつ 2005-06-29 17:59:38
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