ニッキーマウス暗殺計画
大覚アキラ

 この街にディグミーランドができるという計画を聞いてから五年が経った。思えば気の遠くなるような長い時間だった。
 子供の頃からディグミーのアニメが大好きだった。とりわけニッキーマウスはおれの大のお気に入りで、放っておけば何時間でもディグミーのビデオを見続けている、おれはそんな子供だった。
 おれにとってニッキーは、まさにアイドルであり、ヒーローだった。歴史的名作『ニッキーの蟹工船』や、アカデミーを受賞した『ニッキーと魔法のキノコ』は、ビデオテープが擦り切れるまで観た。
 大人になってからもその情熱は募る一方だった。部屋の中はニッキーグッズで溢れかえり、身につけるもの全てがニッキーのイラストが描かれたものばかり。レアなニッキーグッズを入手するためには金に糸目はつけない究極のニッキーマニア。おれはまさしく、人生の全てをニッキーに捧げてきたのだ。
 そんなある時、おれは自分の中に芽生えつつある感情に気づいた。
 “ニッキーになりたい!”
 そう、おれのニッキーに対する思いは、もはや憧れや愛を遥かに超えて、ニッキー自身になりたいという願いに変貌を遂げていたのだ。そう気付いた今、もはやディグミーランドの着ぐるみのニッキーは邪魔なだけだ。おれこそが、本物のニッキーマウスなのだから。

 5年の歳月を費やして練りに練った計画。爆弾や毒殺はもちろん、ライフルによる遠距離からの暗殺も検討した。だが、武器の入手方法や成功の可能性から考えると、どれも現実的ではなかった。結局、おれが選んだ最良の方法は、“ニッキーの家”でニッキーに握手してもらう時に、直接ナイフで奴の首を掻き切る、という極めて原始的かつ確実なものだった。

 そして遂に今日は、ディグミーランドのオープン初日。
 グランドオープンにふさわしい真っ青に晴れ渡った空。開園までまだ三時間もあるにもかかわらず、正面ゲート前には早くも長蛇の列ができていた。幸せに満ちた人々の行列に従いながら、おれは密かにポケットの中のナイフを握り締め、自分の中の冷え切った殺意を再確認していた。
 ようやく開園時間になり、行列はゆっくりと流れ始めた。
 今日からおれがニッキーになれるのだという身震いするほどの喜びと、長年愛してきたニッキーをおれがこの手で殺すのだという途方もない哀しみが、ゆっくりと歩くおれの心の中を去来していた。
 おれは泣きながら微笑を浮かべて正面ゲートをくぐった。


散文(批評随筆小説等) ニッキーマウス暗殺計画 Copyright 大覚アキラ 2005-06-27 12:25:27
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