時の無い都市
服部 剛

私は今まで通り過ぎて来た
広大な荒地の上に黒い血を吐いた
無数の遺体の傍らを

倒れかけた木造の家の
ベランダに干されたシャツが
突風に身をよじらせ
空に飛んでいく様を見ては
鈍い心の痛みに手を当てながら
目を逸らしていた

荒地を過ぎると
無人の都市にビル群はそびえ立ち
ビル風に全ての物は倒されていた

へし折れた街路樹達
ひび割れたバス停の時刻表
駐輪場に重なるドミノ倒しの自転車

音も無く吹く風が
「幻の人」の姿となり
倒された一つ一つの物の傍らにしゃがみ
手を当てると
ある者は足萎あしなえの老婆に
ある者は白髪まじりの娼婦に
ある者は手首に傷痕の残る少女に
姿を変え
その誰もが
肩に当てた聴診器の手のひらに
遠い鼓動を伝え
皮膚の下には暖かい血を流していた

勇敢な戦士ではない私は
これからも通り過ぎてゆくだろう
時折吹くビル風に運ばれる
小さい声を
受け取る手のひらからこぼしながら

横たわる人々の傍らにしゃがみ
肩に手を当て共に身を起こす
あの「幻の人」を置き去りにして

時の無い世界のアスファルトに横たわる
幾人もの人影が
ビルの谷間に昇る朝日の引力に
ゆっくりと身を起こしてゆく様に
震えを覚えながら


* 初出 詩学 ’05 6月号 投稿欄(一次予選通過作品)




自由詩 時の無い都市 Copyright 服部 剛 2005-06-20 20:21:24
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