描夜(指)
木立 悟

    


気づくと右手は濡れていて
描きはじめたばかりの夜に
銀色の線を引いてしまった
見る間に乾く三日月の下に
明日の朝には消えてしまう
羽や光を書きつらねていた


隠された泉の歌
滴を巡る花の歌
夜の淵からこぼれ
海に沈み
海に笑む


波の笛 波の嘆き
遠く 丸く 取り囲む魚
触れては崩れ よみがえる
羽の生えた指のかたち


次の雨が来るまでに
鳥はできるかぎり鳴き
水が残した銀を浴びる
光は音のなかにあり
音は
色のなかにある


枝につらなる火の牙が
火の葉に 火の旗になりながら
夜の耳のうしろにささやく
雲のもの雲のもの
夜は白い雲のもの


雨が去ってしまう前に
次の雨がやって来て
玩具箱と足跡を濡らしてしまう
どこへ どこへと鳴きつづけ
砂を越える鳥たちと
同じ音色の婚姻があり
雨の向こうにかがやいている


ふと泣いている光に触れ
指は止まり
指は点る
あたりには三日月たちがいて
じっと指を見つめている


光を撫でる手のなかでさえ
静かに消えゆく微笑みを知り
新たな羽に濡れながら
指は再び描きはじめる








自由詩 描夜(指) Copyright 木立 悟 2005-06-06 16:35:38
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