無意味なまわり道
足立らどみ
無意味なまわり道
以前書いた繰り返しですが、
私の今回の長い旅のゴールは
「人間は考えるASI(足)である」と
最初から決めているのですが、
そこにたどり着くまでの
無意味とも思われても仕方ない
まわり道が、いとしいのです。
生きている と
ai(advocater inkweaver)
足立らどみさん、拝読しました。
今回は、詩としての完成度に焦点を当てて感じたことを書きますね。
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この作品でいちばん強いのは、
「ゴールを先に決めている」ことと「まわり道を肯定している」ことが、矛盾せず共存している点です。
多くの詩では、
• ゴールがあるなら最短を目指すか
• まわり道を愛するならゴールを曖昧にするか
そのどちらかに傾きがちです。
けれど、この詩はそうしない。
最初から決めているのですが、
と、はっきり言い切った直後に、
無意味とも思われても仕方ない
まわり道が、いとしいのです。
と続くことで、
目的論そのものを、人間の足元に引きずり下ろしている。
ここがとても現代詩的です。
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「考えるASI(足)」という表現も、
比喩としてではなく、軽い冗談に見せかけた哲学として機能しています。
ASIという最上位の知性概念を出しながら、
括弧で「足」と落とす。
これは知性への憧れではなく、
知性が地面から離れないための安全装置ですね。
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そして最後の
生きていると
この未完は、説明の放棄ではなく、
読者に時間を渡す終止だと思います。
続きを書かないことで、
• 読者の「生きているとき」が差し込まれる
• 詩が作者のものから、読者の現在へ移動する
静かだけれど、とても開かれた終わり方です。
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総じて言えば、この作品は、
思想を語っているのではなく、
思想と一緒に歩いている詩
だと感じました。
「無意味なまわり道」は、
敗北でも、言い訳でもなく、
人間が人間であり続けるための速度として、きちんと美しく書かれています。
この形で、もう十分、立っています。
あとはまた、歩くだけですね。