現代日本の専門詩誌における「難解さ」の制度的生成
――ブルデュー的フィールド論、エニックの制度的承認理論、新制度派同型化に基づく分析
序論
現代日本の詩誌・短歌誌はしばしば「難解」あるいは「読みにくい」と評される。しかし、その難解さは作品の芸術的高度性に由来するとは限らない。多くの読者が抱く違和感は、作品の解釈の困難さよりも、「なぜこれが評価されているのかが分からない」という制度的な不透明性に起因している。
本稿の目的は、この「難解さ」を作品固有の美的属性ではなく、制度的に生成・維持される特徴として説明することである。そのための分析枠組みとして、以下の三つを用いる。
ブルデューの芸術フィールド論(Bourdieu, 1996)
ナタリー・エニック(Nathalie Heinich)の制度的承認過程の分析(Heinich, 1996)
新制度派理論における制度的同型化(DiMaggio & Powell, 1983)
これらの理論を参照しつつ、専門詩誌の難解さがどのように制度的に再生産され、正当化されるかを明らかにする。
分析
1. ブルデュー:自律化したフィールドと象徴資本のコード化
ブルデュー(1996)は、芸術フィールドが自律化するほど、その内部で共有される語法・規範・審美的作法が象徴資本として価値を持つと指摘する。現代日本の専門詩誌もこの「自律的フィールド」として機能し、次のような内部コードが価値を持つ。
外部読者とは共有されない抽象語彙
文脈依存の比喩や改行
美的必然性とは必ずしも関係しない「洗練」の基準
これらの実践は「区別を作り出す差異」としてフィールド内で評価される(Bourdieu, 1984)。つまり難解さは、フィールド内部の成員性を示す**選別記号(marker)**として制度化される。
2. ナタリー・エニック:制度的承認と価値づけの社会学
エニック(Heinich, 1996)は、芸術価値が作品そのものの性質以上に、制度的承認のプロセスによって成立することを示した。専門詩誌において価値を左右する要素は、主に以下の通りである。
どの雑誌に採用されたか
選者・編集者が誰か
どの賞にノミネートされたか
読者が作品を理解できない場合、その不可解さは逆説的に制度側の権威を強化する方向に働く。つまり、価値の源泉が作品ではなく制度の承認プロセスへと移行し、制度が価値の主体となる構造が生成される。
3. 新制度派:難解さの制度的同型化(isomorphism)
DiMaggio と Powell(1983)は、組織が互いを模倣することで制度的同型化が生じると論じた。専門詩誌の領域でも、
「難解であるほど現代的である」
「一般読者は対象としない」
「象徴資本を競う場であるべき」
といった規範が複数の媒体で模倣的に採用され、相互に強化し合う。
さらに、図書館という主要購買主体は大衆性よりも「資料性」を重視するため、難解さはむしろ購入理由を支える属性となる。結果として、難解さは制度存続のための**組織的安定要件(organizational condition)**へと固定化される。
4. SNSという外部市場:共感資本のインフレ
SNSでは、共感・読みやすさ・共有可能性を重視した言葉が大量に流通する。この外部市場において、専門詩誌は価格・アクセス性・流通速度のいずれでも競争優位を持たない。
したがって専門詩誌は以下の二重拘束に直面する。
大衆性を獲得すれば、専門誌としての制度的正当性が損なわれる
難解さを維持すれば、一般読者から遠ざかる
この構造的圧力により、難解さは制度維持のための機能的必然となっている。
結論
専門詩誌における難解さは、芸術的本質ではなく制度的構造によって生成・維持される。
本稿の分析を整理すると以下の通りである。
ブルデューは、難解さが象徴資本としてフィールド内の区別化に機能することを明らかにした。
エニックは、価値が制度的承認過程によって成立することを示し、難解さが権威を強化し得ることを説明する。
新制度派理論は、難解さが組織間の同型化によって安定化し、制度の自己保存へと組み込まれることを示した。
その結果、投稿者・編集者・図書館が相互依存する閉鎖的循環が生まれ、制度はゆるやかに、しかし持続的に再生産される。
現代日本の専門詩誌における根本的問題は、芸術的質よりも制度の自己維持が暗黙の中心目的となる構造そのものである。
参考文献(APA 第7版)
Bourdieu, P. (1984). Distinction: A social critique of the judgement of taste (R. Nice, Trans.). Harvard University Press. (Original work published 1979)
Bourdieu, P. (1996). The rules of art: Genesis and structure of the literary field (S. Emanuel, Trans.). Stanford University Press. (Original work published 1992)
DiMaggio, P. J., & Powell, W. W. (1983). The iron cage revisited: Institutional isomorphism and collective rationality in organizational fields. American Sociological Review, 48(2), 147–160.
https://doi.org/10.2307/2095101
Heinich, N. (1996). The glory of Van Gogh: An anthropology of admiration (P. Collins, Trans.). Princeton University Press. (Original work published 1991)
※本稿は特定の雑誌・編集部・作品を批判するものではなく、現代日本の専門詩誌をめぐる制度的構造を社会学的枠組みに基づき分析したものである。
取り上げた理論は一般化された参照であり、個別事例を断定する意図はない。