すすき野原で見た狐(中巻)
板谷みきょう

第一章:芽の成長と村の冷笑の悲哀
春先、ジャガタラの畑に小さな緑の芽が力強く伸び始めた。

与一は毎朝、指先に土の冷たさを感じながら、芽を揃え、水を注ぐ。汚れた手は土と一体化し、そっと声をかける。

「大きく、きくなって、必ず、必ず、実を結んでくれ。」

通りすがる村人の冷ややかな視線や嘲笑も、与一の背を揺るがせはしなかった。その背中は、孤独に耐える杭のようにまっすぐだった。

夜、狐は木の葉を頭にのせ、月明かりの下で回る。与一が置いていった葉を試し、耳や尻尾の化け残りを直そうと必死に努力するが、なかなか思うように化けられない。焦燥感が胸を締めつけ、痛みが走る。

それでも、遠くの社で孤独に耐える与一の姿を思い出すと、胸の中に小さな決意が芽生えた。

「自分の頑張りは、いつか、誰かのためになっているのかも知れないのう……」

第二章:初めての小さな奇跡
芽は少しずつ力強さを増し、与一の孤独な努力に微かな変化が現れた。ある朝、畑の一角で特に濃く瑞々しい芽を見つけ、与一の目が熱く光る。村人の冷笑に耐え、孤独な努力を貫いた者だけが得られる、最初の希望の兆しだった。

狐もまた、葉の工夫や回り方を微調整するたびに、化ける姿が滑らかになっていく。鏡のような水面に映る自分の姿に、わずかに耳を残すものの、これまでにないほど人間らしさを帯びた。孤独な努力が、互いに見えない形で支え合い、心をそっと温めていた。

第三章:試練の風と嵐
ある夜、強風が野原を吹き荒れ、芽を押し倒していく。与一は旅に出ており、社にはいない。残されたのは、狐一匹だけだった。

狐は化けた姿のまま、倒れた芽を支え、立たせる。耳や尻尾の化け残りを気にする余裕はない。ただ、芽を守りたい一心で動く。

「……わしだけで、守らねばなるまいの……」

焦りや苛立ちはあったが、それ以上に芽を支えたいという衝動が勝った。嵐の中、孤独な努力は自然の猛威に耐え、狐は無言で芽と向き合った。

第四章:化けられる喜びと哀しさ
嵐が去った後、狐はとうとう人間に化けられる日を迎えた。しかし喜びも束の間、化けられるのは与一の姿だけだった。

「やっと曲がりなりに、人の姿に化けられる様になったというのに…… よりによって、与一どんの姿にしか化けられぬとは……不思議なこともござっしゃる……」

狐は、自分の努力が形になったことを喜ぶと同時に、他の人間には化けられない哀しさを胸に秘めた。その姿を見て、与一は大喜びした。だが、自分の姿でしかないことに、複雑な心境も湧き上がる。

「おーい狐よ!わしだ。与一だ!めでたいなぁー!祝いに、イチゴを持って来るからな。なぁーに、心配はいらん。せせらぎの峰の〝季節問わずのイチゴ〟だからなぁー!祝いじゃ、祝い。必ず行って採ってくるからなぁー!」

第五章:決意と無言の別れ
次の日、与一は暗いうちから起き出し、遠出の支度を整えた。社には簡潔な貼り紙だけを残す。

『村ノ皆サマ、シバラク留守シマス。二、三日デ帰リマス。』

狐は背を向け、無言の別れを胸に刻む。遠く断崖へ向かう与一の旅は危険に満ちている。それでも、二人の心の絆は静かに、確かに育まれていた。

狐は月明かりの下で小さく息をつき、心の中で呟いた。

「与一どん……みっともない姿なのに……それでも……見てござったのか……。……ありがたいのう……ならば……わしは……」

すすき野原を渡る風だけが、二つの孤独のあいだをそっと結んでいた。


原作「すすき野原で見た狐」を修正しました
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散文(批評随筆小説等) すすき野原で見た狐(中巻) Copyright 板谷みきょう 2025-11-28 19:23:06
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