クリスマスプレゼント(修正版)
板谷みきょう

ビルの立ち並ぶ、鉛色の大きな町の、底冷えする裏通り。
そこに、子どもたちが大好きで、彼らの前では、銀河の彼方のほんとうの幸せを、細い目をして語るおじいさんが住んでいました。おじいさんは町に一軒の時計屋の時計師でした。一日の仕事で暮らしが左右される、厳しい生活でしたが、凍てつく朝の光が地平から昇ると同時に起き、時計の針と歯車の間に手を入れ、静かに日々を送っていました。

町の子どもが店先に来ると、おじいさんは少し長く時計を直しました。
「こうしておくとね、明日が少しだけやさしくなるんだよ。」
その言葉は、子どもたちの胸に、小さな灯のようにしみ込みました。
その灯は町の秘密のお話のように、少しずつ広がっていったのです。
けれど、ある冬、おじいさんは重い病に倒れました。

近所の人たちは、自分たちの貧しい暮らしのなかから、交代で世話をしてくれました。
その手は不器用で、疲れも見えましたが、心はあたたかく、おじいさんはそれを敏感に感じ取りました。病は、冬の霜のように、日ごと深まっていきます。
雪のちらつくクリスマスイブ――
おじいさんは、胸に小さな不安と決意を抱きながら、静かに床に横たわりました。

その夜、病室に、星あかりのように透明な神さまが現れました。
「お前は、この世のちっぽけな利益を顧みず、子どもたちや人々のために夢を語り続けた。その純粋な心の報いとして、願いを一つだけ叶えてやろう。」
おじいさんは、ほんの一瞬、自分の病が消えることを願いました。しかし、ふと心の奥に問いかけました。
「私は本当に、誰かのために生きられたのだろうか。そうでなければ、生きることは、ただ、空しいだけだ。」
やがて彼は静かに願いました。
「明日のクリスマスに、わたしを心の奥で必要としているすべての人々の胸に、私にだけ見える、一輪の、清らかな透明な薔薇を咲かせてください。」
神さまは、微笑むようにうなずき、闇に溶けていきました。



翌朝。
凍てつく床から体を起こしたおじいさんは、まだ重い体を引きずり、町を歩きました。時計を直すたびに、店先に立つ子どもたちを、通りを行き交う人々を、静かに見つめました。けれど、胸に透明な薔薇をつけている人は、誰ひとりとしていません。あれほど助けてくれた近所の人の胸にも、ありませんでした。それでもおじいさんは、疲れや絶望の中で、一筋の希望の光を信じ、町の路地裏や袋小路まで探しました。

夕暮れが町を覆い、雪がしんしんと降る頃、ようやくおじいさんは家に戻りました。世話をしに来てくれていた人たちは、疲れた顔で、灯りを囲みながら静かに座っていました。その顔には、心のやさしさが滲んでいました。

医者はそっと告げました。
「……クリスマスの夜を越える力は、もう残っていないかもしれません。」

おじいさんは窓を開けてくれるように頼みました。
外は、冬の星々がきびしくも美しく瞬いています。最後に残ってくれた人々の顔を、一人ひとり静かに見つめて、彼はそっと言いました。

「ありがとう。」

そして目を閉じました。



そのとき、神さまが静かに迎えに現れました。
見守る人々には、その姿は見えません。
「お前が探し求めた透明な薔薇は、この世の誰の胸にも咲いていなかった。だが、それでよい。この世の真の献身は、『必要とされる』形では現れないものだから。」
おじいさんは、ゆっくり瞼を上げました。

おじいさんの顔に、静かな微笑みが広がります。
その微笑みは、春の陽だまりのように柔らかく、暖かでした。
やがて、おじいさんは静かに息を引き取りました。
見守る人々には、なぜ涙を流し、微笑んで旅立ったのか分かりません。

おじいさんを連れていく神さまの胸元には、大きな、本当に大きな、透明な薔薇の花が有ったのです。それは、この世の誰にも必要とされず、世の誰にも気づかれずとも、ただ自分の純粋な願いのために生きた魂だけが、最後に受け取ることのできる、『永遠の献身のひかり』の証でした。

冬の夜空には、ひときわ澄んだ一粒のやさしい光が、ひとつだけ強く瞬いていました。


※原作「クリスマスプレゼント」を修正しました
https://po-m.com/forum/showdoc.php?did=364935


散文(批評随筆小説等) クリスマスプレゼント(修正版) Copyright 板谷みきょう 2025-11-26 01:43:52
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