全てのひとは倖せになるべきだ
百富(ももとみ)
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ぼくのなかで泣き晒す想いが浄化されてゆく。働いているひとのいうお金の概念と障がい者の考えるそれらの価値観の相違について考える機会を得た。
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険しい想いで害をなす言葉を用いてお金と説く精神性の悪意を症状とするならば、資本主義への貢献をすることで病気の誘発を適えているようなものだ。
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自己の体たらくを説明するにあたり、数日後に再会する友人より,「戸塚ヨットスクールみたいに死ねばいい」というメッセージが返信された。
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一時的に愚かな痛みがむねに芽生え、かつ、友人の言葉にたいする不憫さが心配となったが、ふと清々しい気持ちのよさがまわってきた。
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ぼくはまだ未熟なので、かれらの意図するお金の執着心への理解が不十分だ。ただし、生きていることに関するとお金は切符としての役割を担うほどの原動力となるのだから、結果的に友人の発言より学びを得たのだった。
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精神性の悪意を逆撫ですることもお金にはできる。また、安易で効率的なやりかたを会得するための度重なる努力についての未知数がぼくのなかには存在している。
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友人からぼくへの死を連想させる発言の影響をすでにぼくは乗り越えていて、聖書において言葉は神であるのだから、友人のこころとしての「信仰」について、そうっと祈ることが大切なのだ。
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全てのひとは倖せになるべきだ。かみさまがぼくに教えてくれる。友人への祈りが尽きない。また、友人の言葉が信仰で満たされるといい。友人としばらくお会いすることはない。
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ぼくも働く。きみを祈る。
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ふと気づく。文脈を読む。ぼくを応援してくれるための言葉だったのだろう。手荒である、それでも、こころは良心的だ。
窓を開けた。風が香る。どうしても、いまは優しい言葉のほうがすきだ。
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